2016年9月23日金曜日

Instagramが流行ると人はバカになると思う理由






タイトルの通りです。

ひと昔前は海外で流行ってたInstagram。ここ1~2年くらいで日本でもかなり浸透したんじゃないでしょうか。

少し前は何かとTwitterだったのが、今ではかなりInstagramに流れてきてるように思う。その割にtumbler流行らないよな。好きなのに。

僕は桐谷美玲と木村文乃可愛いなぁというためだけにInstagram見てますが、自分なりにInstagramがウケた流行をSNSの移り変わりを基に書いてみようと思います。








SNSの移り変わり



mixiやFacebookのようなブログを比較的身近な人間とのクローズドサークルで共有するようなコンテンツがかつてはウケていました。
そこから、Twitterが流れてきて、mixiがパクった。SNSの連動から次第にTwitterが受け入れられてくるようになったように思います。

お手軽さと、芸能人や有名人が相次いでTwitter始めたこともあり。爆発的に広まっていきました。

そして、去年くらいからInstagramがTwitterで写真投稿してた人が、Instagramのリンク貼るだけになってきていると言ったら見に覚えのある人多いんじゃないでしょうか。



文字→写真



そう。変遷を見ていくとブログ形式だったものが、140字の呟きとなり、最後には写真に打って変わっている。

もちろんInstagramでそれなりに文章書いてる人もいるけど、ほとんどの人の目当ては写真でしょう。

文章だったものが写真へと移り変わってきています。

たとえば、飼っている猫の可愛さを紹介したいなら、文章で長々説明しなくても、写真を1枚載せればそれで済む。そして、写真の方が情報として瞬発力が高いので拡散力が高いのだ。






Instagramが人をバカにする



ここで標題に戻る。

まぁ、これは極端な例ではある。例に出したInstagramに怒られそうだ。

写真を共有するというのがトレンドになった今、なかなか文章を使ったコンテンツは流行りづらいかもしれない。

本好きな人を除けば文章を読むってことをなかなかしていないって人多いんじゃないだろうか。

仮に誰かのブログを読んだとしても、フリー素材のモデルさんの写真眺めて見出しを読んでお終いってこともあるだろう。

それって週刊誌の中吊り広告見てるのと変わんねぇじゃないか。

文章読むくらいならポケモンGOとかパスドラやろうぜとなるのかもしれない。

ここで思うのは写真共有って発信側も受け取る側も脳を使わなくていいんだよね。「わあ!綺麗!」とパシャり撮ってインスタにあげて「わあ!綺麗!」と言われて終わり、みたいな。思考がいらない。






文章で表現すること



僕は歌詞が好きだ。

しかし最近の邦楽の歌詞は「歌詞がストレート過ぎる」「捻りがない」と言われてないだろうか。これは、受け取る側が考えなくても分かるくらいの頭を欲して、現にそれが売れてしまったからだ。

たとえば歌詞ではありふれた「恋愛」って要素をいか詞として表現できるのかということが作詞家の力の見せどころだった。それよりも「好きなら好きって言えばいいじゃん」なんて言われたら今までの作詞家たちの功績は消えてしまう。

歌詞の話し出すと終わらなくなるので、これはあっちのブログで。

とにかく文章から何かを読み取るという行為が求められてない時代なのかなと感じた。
いくらなんでも現代文の授業みたいに読み解けとは言わないが。

なんか俺すごく意識高い人みたいだな




……

………


わーい!わーい!フェリオサ!ブイエイト!


よし「マッドマックス 怒りのデス・ロード」見て一気に意識と知能指数下げた


すごく美味しい料理を食べたとして、それをなんとか言葉を捻り出して文字にする、それを読者は受け取って文字をイメージにする。

良し悪しの話じゃなくて、そういうのって楽しいことだと思う。

テレビばかりを見てるとバカになるって言葉、今では分かる気がする。ただ提供されてるものを眺めているだけの人間になってしまうからだ。
タイムラインと共にインスタントに消化されていくものを眺めてるだけでは人はバカにならないだろうか。


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