2017年2月11日土曜日

【著作権】めっちゃ大変な編曲より鼻歌程度の作曲の方が優遇される理由





モノづくりにおいて、最も重要なことはアイデアを生み出すことである。

漫画家が最も苦心して時間を要するのはペン入れではなくネーム作成、音楽でいえば仮に鼻歌であっても作曲とされ登録されれば著作権が発生する。


それくらい0から1を生み出すことはクリエイティブな場において重要で価値があるものだ。


そのことについて書いてみたい。









骨格となるもの




↑にマンガと音楽の例を出したが、僕らの目に触れるものは、多くの人の手を渡ってしっかり肉付けされた姿である。
HUNTER×HUNTERの例とかはあるが、あれば例外中の例外としか言い表しようがない。冨樫働け。


マンガのネームも、作曲の鼻唄も、それがアイデアの骨格となる。
この骨格がしっかりしてなくては、どれだけ優れたアシスタントがいても、優れたミュージシャンやエンジニアを雇ってもダメなのである。


音楽制作において編曲が持つ比重はとても大きい。
持ってきた鼻唄を普段僕らが聞いている音源へと変貌させるまでには、とてつもない労力が掛かっている。

以前友人に贈る曲の編曲を素人なりにやったのだが、とてつもない労力であった。おそらく僕の感性が低いのがいけないのだが。


著作権は編曲には「基本的には」発生しない。編曲者はあくまでも「報酬」としてお金を受ける。
※この辺は色々あるので別途まとめます


僕らはアーティストの生み出した曲や歌詞、その「アイデア」に対して価値を見いだしてお金を払っているのだ。



0から1をつくること











僕はさまぁ~ずが好きだが、前に三村が大竹のことをこう言っていたことがある。


1を10にするのはちょっと才能があればできるけど0から1を創るのは天才にしかできない。それを、ウチは大竹がやってる


この言葉が全てを表している。

先の例に当てはめると編曲は1を10にする作業にあたる。


0から1を創造することは容易いことではない。
自分には決してない才能である。


しかし世の中なかなかそうはいかない。

時には自分でアイデアを出さなければいけない場面が必ず出てくる。

そんな時に思い浮かべる言葉がある。


ラーメズの小林賢太郎の言葉である。


0から1は作れなくても、もがき苦しめば0,1くらいは作れるんですよ。それを10回繰り返せばいいんです。
そうやって創ってます。


彼を才能の塊だと思っている。

しかし、そんな小林賢太郎であっても産みの苦しみは同じなのだ。


何かを生み出すことには強い憧れがある。
それはきっと僕には足りない才能だからなのだと思う。


しかし本当に僕に足りないものは、0.1を生み出そうとする「もがき」なのだろう。














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