2017年9月27日水曜日

ピーターラビットのおはなしの教訓が普遍的な訳〜東松山ビアトリスク・ポター資料館にて






世界中で愛されているうさぎのキャラクターといえば、ミッフィーピーターラビットではないだろうか。

うさぎ好きの僕としても、ピーターラビットを愛してやまないわけがないだろう。

昨年ピーターラビット展に行ったり、その後も何かとピーターラビットに触れる機会があった。そして先日ビアトリスク・ポターの資料館に行って色々思うことがあり、これを機に書いていきたい。




ビアトリスク・ポター資料館







埼玉県東松山市にある埼玉県こども動物自然公園の中にビアトリスク・ポター資料館はある。大東文化大学が運営している資料館だ。
資料館を見るには動物園の入場券で入場してから、更に資料館の入場料を支払う必要がある。なかなか思うところはあるが、その価値はあったので黙っておこう。

さて、この資料館。実は最も感動するポイントは実は中の展示ではない。この建物自体が"ウリ"なのだ。





写真を見ていただければ分かるとおり、湖水地方にあるヒル・トップ農場をイメージして再現してあるのだ。
この建物の完成度に目を見張る。

僕が行った季節柄、庭に花が咲いている時期ではなかったので、ちょっと寂しかったが、見頃であれば庭越しの景色も楽しめることだろう。

中には原画はもちろん、直筆の手紙、貴重なピーターラビットの私家版の初版も展示してある。

そんなに大きな展示ではないが、常設展としては十分楽しめるのではないだろうか。

余談だが動物園内にあるので、見終わったあとに本物のうさぎを見ることができる特典もある。




本題に戻るが資料館の中で、ピーターラビットのおはなしのアニメーションが流れてるコーナーがあり、そこであらためて『ピーターラビットのおはなし』を見返す機会となり、そこで考えたことが本題である。



ピーターラビットのおはなし







先日世界ふしぎ発見でもピーターラビット特集があり、それでも触れていたが、イギリスでは子どもに最初に読み聞かせる絵本として最も親しまれているのがピーターラビットである。

いたずらうさぎのピーターがお母さんの言い付けを守らず、マクレガーさんの農場に忍び込んであやうく捕まりそうになる、という冒険。この物語に子どもから大人まで楽しめるエッセンスが全て詰まっているのだ。

子ども目線から見ると"安全な場所"から外の世界への冒険というワクワクがある。単純でありながら普遍的な冒険譚である。

"親の言い付け"に逆らって起こした行動、その結果ピーターは危険な目に合って、ジャケットと靴を落として母親にしかられることになる。
危険な場所にきちんとその理由があって、それを守らないと危ない目に合うという教訓となる。

それでも"また"ジャケットをなくしたの?と言われるように、ピーターは明らかに懲りてはいないところが面白い。

シンプルながらハラハラドキドキさせる展開はいつの時代も色褪せない。

もう1つ面白いと思うのがうさぎのピーターからすると、人間の世界はとても大きいということだ。
マクレガーさんの農園で逃げるうちに迷子になるピーター、作物の中に隠れたり、如雨露の中に隠れたり。
これは小さな子どもから見た大人の世界というようなメタファとなっているように感じた。

だからこそ子どもはピーターに感情移入しやすいのではないだろうか。


『ピーターラビットのおはなし』の見事な点は"悪役"が出てこないことにある。
ピーターからすればマクレガーさんは危険な存在である。というかマクレガー家はピーターのお父さんをパイにして食べてしまったので、ある意味敵(かたき)でもあるはずなのだが。

しかしながらマクレガーさん側に立ったときに、畑の作物を荒らすピーターは害獣として映る。
ピーターはエシャロットを食べ過ぎてお腹を壊すが、その理由が「少しだけ残すとマクレガーさんに食べたのがバレる」からだからね。マクレガーさんからしたらこんな迷惑なことはないだろう。

年齢を重ねるとそれぞれのキャラクターに違った視点を持たせることができる。
昔読んだという人も今読み返すとまた違った視点で見れるはずである。

その証拠に僕の場合は、

幼少期「うさぎ可愛いなぁ」
青年期「うさぎ可愛いなぁ」
今現在「うさぎ可愛いなぁ」

ほら。

この普遍的な物語はいつの時代もずっと受け継がれていくだろう。


ピーターラビットの話題はここまでで、ここから少し余談を最後に。










受け継がれる物語




動物のキャラクターとイメージというのは面白いもので、この動物はこんな性格というのが受け継がれている。

古くはイソップ物語においての『意地悪ギツネとりこうなウサギ』のように、他の動物を怖がらせ楽しむいじわるなキツネと、それを利用して自分を怖い存在見せたうさぎの物語がある(戦国策の虎の威を借る狐もあるが)。


ビアトリスク・ポターの作品の中に『キツネどんのおはなし』というものがある。

キツネどんは鼻つまみものであり、うさぎにとってはいじわるな存在として映る。





この「キツネ=いじわる」という構図は、その後も物語の世界に受け継がれていく。
ディズニー映画の「ピノキオ」に登場するJ・ワシントン・ファウルフェローなんかそうだろうし、ちょっぴりいじわるなキツネといえば最近では『キツネとタヌキ』に登場するキツネを当てはめてみても面白いかもしれない。

そんな「キツネ=いじわる」というイメージを逆手に取ったのが2016年に公開されたディズニーの「ズートピア」であった。





ファミリームービーでありながら、差別と個性というテーマ性を盛り込んで超一流のエンターテイメントに仕上げてしまった傑作である。

ここでキツネ=いじわるという構図をあえて用いて主人公うさぎのジュディのパートナーとしてキツネのニックを配している。そこで中盤でそのテーマを盛り込みながら、最後にはジュディとニックは真のパートナーとなる。

こうして、近年まで脈々とそのイメージは受け継がれているのが面白いなと思う。

逆に日本ではうさぎと亀やら因幡の白うさぎやらでなかなかいじわるなイメージだけどね。






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