2017年12月7日木曜日

【感想】THE YELLOW MONKEY「Horizon」歌詞解釈 映画「オトトキ」主題歌






映画「オトトキ」のテーマ曲として書き下ろされた菊地英昭(エマ)作詞作曲によるナンバー"Horizon"。

映画の感想で書いてしまうと長くなるということで、ここであらためて楽曲について触れたいと思う。



曲について






まずは曲について書きたい。

映画のエンドロールに相応しいバラードである。

始まりと終わりに使われてるキーボードの音がどこかノスタルジックであり、この音を聴くだけでも映画が甦り涙腺を緩ませさせる。

吉井和哉の歌い出しもとても優しい。

ここ最近brainchild'sの曲をよく聴いていたこともあり、こうしてあらためて聴くと歌のメロディがとても菊地英昭らしさに溢れている。

個人的に最も強く感じたのは最後のサビの「あの夏の夕立くらい泣いていいから」の部分である。ここのメロディ等は特に顕著ではないだろうか。

当然のことながらTHE YELLOW MONKEYの楽曲として吉井和哉の歌声も素晴らしい、同時にこれを菊地英昭本人が歌ったらどう聴こえるのか、いつの日か聴いてみたいものである。








線路




本題に入ろう。歌詞についてだ。
曲と同じくとても血の通った温かみを感じる優しい歌詞だ。

自分への呼び掛け、そして

《真っ直ぐ西に延びる線路》

とはなんだろうか。西といえば太陽の沈む方角である。50歳を越えたメンバーたちは今、確実にそちらを見据えている。

その死正観には「オトトキ」の映画にもあった父親の死が影響しているのではないだろうか。

そしてそれに続く《オレンジの箱》とは何か。それは吉井和哉の映画へのコメントに表れている。
線路の後に続く言葉として、コメントを読めば何を意図しているか掴めるのではないだろうか。

「僕たちが再びオレンジ色の中央線のラインに繋がったドキュメンタリーです。怒涛のような1年を松永監督の目線で追いかけます。ファンの方々にとっては、イエローモンキーの映画であると同時に皆さんの映画でもあると思います。」――吉井和哉


また《ベゼルの中の鼓動は戻せやしないけど》というフレーズも印象的だ。
ベゼルとは「枠・額・額縁」などを表す言葉である。そして、サビの頭に出てくる「アルバム」という言葉。

歌詞の内容からも写真を綴じ込めるアルバムのことかと思ったが、もう一つ音楽としての「アルバム」のことも同時に示しているのではないだろうか。
アルバムとして枠組みに形として込めたもの、それはバンドの歩みを止めても決して止む事のない鼓動であったのだ。

再集結したツアーでも、当時そのものの鼓動を蘇らせることは決してできない。それは年齢を重ねてしまったからだ。けれど、だからこそ見えてくる景色が打ち上げ花火の向こうに待っている。



家族



個人的に一番胸を打たれたフレーズが、

《外からなんて何もわからないさ/そうだろう?》

というフレーズだ。

映画「オトトキ」の中でも「パンドは家族みたいなものだ」という言葉がある。家族は不思議な繋がりだ。

今年は星野源の"Family Song"においても、先日号泣しながら観た映画「gifted/ギフテッド」においても、血の繋がりだけが家族の姿だけではないというメッセージが込められていた。

たとえ血の繋がった関係だけではなくとも、家族になることはできる。
家族だからこそ、外からは分からない喜びと苦悩がある。

僕なんかよりも長年のファンの方ほど、その紆余曲折を痛いほど身に染みて感じることだろう。

しかしながら4人で人生を歩むこと、それを一度諦めたこと、そして再度それを続ける決意をしたこと。それはどんなファンであっても、当の本人たち以外には決してわからないことなのだ。

最初は自分への問いかけから始まる歌詞は、やがて君への問いかけとなる。そして最後には《君の味方だよ》という力強いメッセージへと昇華する。

最初の線路から始まり、未来図、カラフルなトンネルを抜けたら、川のような道みたいに流してくれるだろう、など先へ歩み続けるという意志が随所に散りばめられている。

そしてそこには大いなる決意が、意志が込められている。

そう、まだまだ彼らは「Horizon(地平線)」を見つめているのだ。


【感想】「オトトキ」 THE YELLOW MONKEYドキュメンタリー映画














このエントリーをはてなブックマークに追加
 

0 件のコメント:

コメントを投稿