2019年11月23日土曜日

「失恋」という言葉はあっても、「失愛」という言葉はない







水上バスの中から僕を見つけて
観光客に混じって笑って手を振る
そんな透き通った景色を
僕の全部で守りたいと思った
~Mr.Children/水上バス


嗚呼 あなたに愛されることで僕は
輪郭を縁取られ色が付いてここにいる
そして僕もまたあなたを色付けて行く事が出来るはず
だから聞いてよ 僕が生きる理由を
~ポルノグラフィティ/小説のように



2019年11月20日水曜日

応援ソングが苦手だけどポルノグラフィティのギフトは泣ける







世にいう「応援ソング」というものが苦手だ。

全てが嫌いというわけではないし、大好きなものも沢山あるが、得手不得手で言えば後者になってしまう。

メロディとか歌が好きということはあっても、そこに強い共感を抱くというのがあまりない。

なぜかと思った時に、自分の人生がそこまで励まされるほどのものではないということもあるが、その言葉がプレッシャーになってしまうこともあるのだ。

そんな自分にも励まされて泣いてしまう曲がある。




2019年11月18日月曜日

ドレスコーズもハルカトミユキも、ゴッホになって欲しくない








上野の森美術館で「ゴッホ展」が開催されている。

その特集を見ていたのだが、あることが思い浮かんだ。

ハルカトミユキやドレスコーズがゴッホにならないで欲しい。



2019年11月13日水曜日

新藤晴一の距離感と生きていく








ポルノグラフィティの"ブレス"において、最も胸を打たれたのは新藤晴一の「ありのまま 君のままでいいんじゃない?」というメッセージだった。

「ありのまま」とは、2014年には世界中で老若男女が聴いていたあの曲でも伝えられたメッセージである。

しかし、僕は新藤晴一という男の紡ぐ言葉に心の琴線を毒されて育ったので、同じ言葉であっても、それをこの男が書き、岡野昭仁が歌うことで、その意味合いはとても大きなものになる。

改めて考えると、実はこのメッセージは初期からずっと受け継がれてきているのではないかと思えた。



2019年11月7日木曜日

なぜポルノグラフィティは東京ドームで "n.t."を演奏したのか








ポルノグラフィティの20周年ライヴ「NIPPONロマンスポルノ'19〜神vs神〜”」。

2日間の中でトピックを挙げればキリがなくなってしまうが、ひとつには"n.t."が挙げられるだろう。

初日は岡野昭仁による弾き語り、2日目はバンドでの演奏という、贅沢なアレンジ違いで堪能することができた。

改めて力強い楽曲だと思わされた訳だが、今一度歌詞の解釈から東京ドームで演奏された意義を問いたいと思う。



なぜポルノグラフィティは東京ドームで"n.t."を演奏したのか

※TOP画は『蒼天航路』より引用