2017年10月6日金曜日

「私にとっての失恋ソングは、誰かの応援歌だった」一言で刺さるコピーの世界 C-1グランプリ






キャッチコピーや短歌が好きだ。


どちらも短い言葉の中に様々なメッセージやドラマが込められているという意味で似ている、と個人的には思っている。
削ぎ落とされた言葉の洗練さと美しさである。

このブログを読めば分かるの通り、往々にして僕は長文をだらだらと書いてしまうクセがある。

記事のタイトルなどから考えても明らかにコピーライトや短歌に向いていない人間であることが伺える。

人は自分にないものに惹かれるのだ。
だからこそ隣の芝は青く見えて、人は道を踏み外すのだ。

今回は広告コピーについて触れてみたい。
TCC主催のC-1グランプリを取り上げようと思う。



2017年10月3日火曜日

洋楽主義「オアシス 第二章」ギャラガー兄弟の伝説は今も死んでいないこと






先日WOWOWで放送した「洋楽主義」を見た。

今回のテーマは「オアシス 第二章」

以前に解散までのオアシスの回はやっていて、今回は前半はオアシス解散までの話題であったが、後半は解散後のギャラガー兄弟の活動を取り上げていた。

そこであらためて、ギャラガー兄弟とは、オアシスはなぜ伝説となったのかということを考え直したのでここに記録したい。

すごくどうでもいいのだが、洋楽主義の最後の視聴者投票のランキングで聴きたい曲を流すけど、あのランキングに納得いった試しがない。



生ける伝説








オアシスの音楽性については今さら僕が語るのは野暮というものだろう。

ノエル・ギャラガーの圧倒的なるソングライティング(とパクリの腕前)により、オアシスはデビューにして一躍スターダムをのし上がった。

個人の好みとして好きかそうでないかはあるだろうが、それを置いてもオアシスが90年代のブリットポップを牽引した重要バンドの1つであることは揺るぎないだろう。


オアシスが伝説となりえたのには、音楽性だけでない面もある数々の暴言と問題行動(というか犯罪)により、音楽だけでなくメディアを騒がせた。

音楽面だけでも天下を取るに等しい成功をおさめていながらも、オアシスが伝説となりえたのはギャラガー兄弟のこのキャラクター性があったからこそではないか。
漫画みたいだよね。この人たちは本当に。

僕らが、オアシスに憧れてしまうのは、今の時代にこうした憧れとしてのロックンロールスターたる存在が不在であったからではないだろうか。


かつての著名ロックンロールスター達は活動していなかったり、亡くなっていたり、活動をしていてもオールディーズの領域に入ってしまっている。
中には現役感を持って再結成したりするケースもあるが、それでも僕は自分の時代の音楽という感覚ではない。

だが、どれにも決定的に欠けてしまっているのは「俺の時代感」なのだ。








俺の時代感









俺の時代感とは、そのままの意味でリアルタイムで体感した時代を象徴する音楽の意である。

僕はなるべくリアルタイムに音楽を体感したいと思っている。それは時代の空気と共に今この瞬間の音楽を味わえるのは、今この時しかなくて。それが今を生きている僕らの特権なのだ。

大層なことのように書いてしまったが、かといって別にそれごとに聴き込んでいる訳ではなくて、なんとなく空気を掴むという程度であるが。
といってもオアシスについてはリアルタイムとは言いがたくて、後期にようやくリアルタイムで追い始めたのだけど。

それでもオアシスはリアルタイムで体感できた僕のロックンロールスターであった。
そんな伝説もあの日、幕張で見たのを最後に僕の前からは消えてしまった。


ノエルに関してはソロになってからの方が明らかに後期のオアシスより生き生きとしている。リアムは若干迷走気味だが。

たとえオアシスというフォーマットでなくとも、ノエルは今も歴史を刻み続けている。気取っていえば、伝説が生まれているのに立ち会っている感覚。その感覚はやはりリアルタイムで味わっているからこそ体感できるものだ。
その瞬間にそれを感じるかどうかは人それぞれであるだろうが、その瞬間にその空気を肌で感じた、ということが重要な経験となるのだ。

これは映画とかも同じで、過去の作品を語る上で時代背景というのは大切なファクターであるように、音楽にもその作品が生まれた時代背景や時代の流れというものがある。


洋楽主義の中で粉川しのさんが「若い子の間でストーンズとオアシスが同じスタンスで語られるくらいの存在となった」というような言葉があった。まさにこれで、今の若い子にとってオアシスはもはや過去の存在で、オールディーズの枠に入っているのだ。

こうやって時代が移り変わっていって、過去は過去となって、未来に新しい音楽が生まれて、もしかしたら新たな伝説が生まれるかもしれない。

でもまだギャラガー兄弟の伝説は終わっていない、僕はそう信じて明日を生きよう。














【関連記事】
音楽文.comが激アツすぎて音楽好きは素通り禁止
↑この記事内で紹介しているオアシスの記事は多分人生で一番本気で書いた文章なので、読んでいただけると嬉しいです

【映画】オアシス:スーパーソニック あらすじ&ネタバレ感想
ノエル・ギャラガー暴言集「俺の眉毛はどこまでも自由でワイルドなのさ」










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2017年10月1日日曜日

新藤晴一のカフェイン11レポ 2017.9.25放送分 "というわけで"レギュラー放送






※赤字が自分の感想です


ポルノグラフィティ新藤晴一のカフェイン11レポ 2017.9.25放送分



オープニングトーク




ニューアルバム「BUTTERFLY EFFECT」発売まであと1ヶ月。

晴一さんは43歳に。
晴一さんとしては祝ってもらえるのはありがたいが、そっとしておいても欲しい。

3大欲の食欲、性欲、睡眠欲。この3つが衰えていく。

そうなった時に人間の欲というのは、利己的な反面、モチベーションであり核ともなるので、この先6〜70歳になったときに新藤晴一という人間が飛散してしまいそうな感覚になる。

自分自身がどう変わっていくのか、楽しみ。

毎回書いているけど、若い43歳だよなぁ。


1曲目"THE DAY"



信長の野望




信長の野望の公式Twitterアカウントからメッセージを貰った。





そして遂に統一を達成。
戦っていくなかで、やっぱり関東の方が優秀な武将が多い。

長宗我部元親よりもメジャーな武将の方が歴史が長かったりで優秀な武将が多い。
これはまさに田舎から東京に出てきたような感覚。

それでもなぎ倒して行き、次々に倒していった。

そして江戸城では謀略を巡らせてきゲームが、作業ゲーになっていく。
軍団を作って戦わせていると、勝手に動いて倒してくれる。

逆にずっと動いているのに作業ゲーと化すのが無双シリーズ。

そんなこんなで無事に統一を達成したそうな。






2曲目"Rainbow"



月刊 音話




部活の練習はどれくらいやってますか。

静岡では部活は週4日とする決まりができた。
家族の時間などを確保するため。

家族との時間もあるけど、先生の労働時間の問題もあるのかもね。

高校野球のタイブレーク制とか、芸能人の就労制とか。
こういうやりたくない人もいれば、やりたい人もいるみたいなね。

夏の甲子園で、最後だから肩が壊れてもいいという人もおるじゃん。
この夏燃え尽きてもいいという。でも身体を壊したくないというものとの相見積は難しい。

中学時代なんて毎日部活やってたなぁ。懐かしい。


コーナー:月刊 音話

メール:父がデパ地下の運営をしているが、自分の関わる百貨店はもちろん他のデパ地下も仕事モードになってしまうというので嫌ということ。晴一さんはミュージシャンとしての職業病はありますか。

晴一:あるねぇ。喫茶店でジャズとかが掛かってれば良い曲だなと思えるけど、ヒットチャートとかだと気になる。でも昔よりは気にならなくなったかな。でも音楽聴きながら小説は書けない。
どの職業でもこういう職業病とか職業壁とかあるよねぇ。今浪くんは脚本とかである?

今浪:ラジオとかのDJで「というわけで」とか云われると、どんな脚本書いてんだとなりますね。どういうわけだとか怒りたくなります。

晴一:あるよね。というわけで月刊音話でした。


3曲目"キング&クイーン"










学校に行きたくないと思い悩んでいるみなさんへ




学校に行きたくないなぁと思う日はありますか。

そりゃあるよね。中学の頃とかやんちゃな先輩とかおったけえ。熾烈な学校生活だったなぁ。
「どういうキッカケで本を読み始めましたか?」とかインタビューで訊かれて「本を読んでいれば下を向いてやんちゃな先輩に絡まれなくて済むからです」と答えるけど、本当だからね。

デビュー当時にそんなことを言ったのよ。そんな学生時代の抑圧から音楽を始めたみたいなことを言ったら、中学の先生から「そんな差別的なことを云わないで欲しい。悲しくなりました」と手紙が届いたけど、先生、当時ひとっつも助けてくれなかったからね。

上野動物園のツイートが話題に。




この意見は賛成なんだけど、後半の意見がね。檻の中に閉じ込められた動物がたくさんおると思うとシュールだよね。

逃げてばかっかりというわけにもいかないと思うのよ。
でも逃げる準備もしながら、避難経路を確認するみたいにしていかなければいけない。信長の野望でも攻めるのも大切だけど、補給路の確保と退却路の確保が大事。



4曲目"ヒトリノ夜"



40代前半のうちにやっておきたいこと



40代前半のうちにやっておきたいことはありますか。

昔はバー作りたいとか夢想してたけど、今そんなこと考えたら「警備が大変だろうな」とか領収書整理したり大変だろうなと思ったりしてしまう。

アルバムのリリースが近いのでプライベートの時間が取りづらい。
この番組ではゲームやゴルフやらの話題ばっかしているけど、ちゃんと働いてますよ。

10月入るとアルバムのプロモーションが始まる。アルバムはシングルよりもプロモーション多いし、ポルノはプロモーションが多岐に渡るので忙しい。そして11月からはツアー始まるからリハも始まって。
来年は20周年イヤーとかいう話が出始めるでしょ。結構忙しいよ。

あ、でもやりたいこと。小説、短編とか書きたいし、前も言ったけど舞台のシナリオ書きたい。

今ってちょっと聴いただけでも分かるようにとか、サビまでの時間を短くってスタッフにも云われるんよ。
それと一緒で長編じゃなくて短編の方が読まれやすいかもね。

ギター語り倒すコラム書いて欲しい。
ついでに読売に書いてた音楽コラム入れて欲しい。


5曲目"Montage"



では今週も閉店です。










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2017年9月29日金曜日

ポルノグラフィティ 11thアルバム「BUTTERFLY EFFECT」詳細発表と予想と展望と







ついにポルノグラフィティの11枚目のオリジナルアルバム「BUTTERFLY EFFECT」の詳細がベールを脱ぎました。

何事も"脱ぐ"というのはいいですね。何の話だ。

バタフライ・エフェクトと訊けば、もうこれしか出て来ないし、頭の中ではオアシスの大名曲しか頭に響かない。





果たしてポルノのバタフライ・エフェクトはどんな力を持つだろうか。

ということで収録曲をまとめたり、予測してみたりしてワクワクしようじゃないかと。



ポルノグラフィティ 11thアルバム「BUTTERFLY EFFECT」



2017年9月27日水曜日

ピーターラビットのおはなしの教訓が普遍的な訳〜東松山ビアトリスク・ポター資料館にて






世界中で愛されているうさぎのキャラクターといえば、ミッフィーとピーターラビットではないだろうか。

うさぎ好きの僕としても、ピーターラビットを愛してやまないわけがないだろう。

昨年ピーターラビット展に行ったり、その後も何かとピーターラビットに触れる機会があった。

そして先日ビアトリスク・ポターの資料館に行って色々思うことがあり、これを機に書いていきたい。




ビアトリスク・ポター資料館







埼玉県東松山市にある埼玉県こども動物自然公園の中にビアトリスク・ポター資料館はある。大東文化大学が運営している資料館だ。

資料館を見るには動物園の入場券で入場してから、更に資料館の入場料を支払う必要がある。

これはこれで記事関係なく思うところはあるが、その価値はあったので黙っておこう。

さて、この資料館。実は最も感動するポイントは実は中の展示ではない。この建物自体が"ウリ"なのだ。





写真を見ていただければ分かるとおり、湖水地方にあるヒル・トップ農場をイメージして再現してあるのだ。
この建物の完成度に目を見張る。

僕が行った季節柄、庭に花が咲いている時期ではなかったので、ちょっと寂しかったが、見頃であれば庭越しの景色も楽しめることだろう。

中には原画はもちろん、直筆の手紙、貴重なピーターラビットの私家版の初版も展示してある。

そんなに大きな展示ではないが、常設展としては十分楽しめるのではないだろうか。

余談だが動物園内にあるので、見終わったあとに本物のうさぎを見ることができる特典もある。




本題に戻るが資料館の中で、ピーターラビットのおはなしのアニメーションが流れてるコーナーがあ。

そこであらためて『ピーターラビットのおはなし』を見返す機会となり、改めて考えたことが本題である。



ピーターラビットのおはなし







先日世界ふしぎ発見でもピーターラビット特集があり、それでも触れていたが、イギリスでは子どもに最初に読み聞かせる絵本として最も親しまれているのがピーターラビットである。

いたずらうさぎのピーターがお母さんの言い付けを守らず、マクレガーさんの農場に忍び込んであやうく捕まりそうになる、という冒険。

この物語に子どもから大人まで楽しめるエッセンスが全て詰まっているのだ。

子ども目線から見ると"安全な場所"から外の世界への冒険というワクワクがある。単純でありながら普遍的な冒険譚である。

"親の言い付け"に逆らって起こした行動、その結果ピーターは危険な目に合って、ジャケットと靴を落として母親にしかられることになる。

危険な場所にきちんとその理由があって、それを守らないと危ない目に合うという教訓となる。

それでも"また"ジャケットをなくしたの?と言われるように、ピーターは明らかに懲りてはいないところが面白い。

シンプルながらハラハラドキドキさせる展開はいつの時代も色褪せない。

もう1つ面白いと思うのがうさぎのピーターからすると、人間の世界はとても大きいということだ。

マクレガーさんの農園で逃げるうちに迷子になるピーター、作物の中に隠れたり、如雨露の中に隠れたり。
これは小さな子どもから見た大人の世界というようなメタファとなっているように感じた。

だからこそ子どもはピーターに感情移入しやすいのではないだろうか。


『ピーターラビットのおはなし』の見事な点は"悪役"が出てこないことにある。

ピーターからすればマクレガーさんは危険な存在である。というかマクレガー家はピーターのお父さんをパイにして食べてしまったので、ある意味敵(かたき)でもあるはずなのだが。

しかしながらマクレガーさん側に立ったときに、畑の作物を荒らすピーターは害獣として映る。

ピーターはエシャロットを食べ過ぎてお腹を壊すが、その理由が「少しだけ残すとマクレガーさんに食べたのがバレる」からだからね。

マクレガーさんからしたらこんなハタ迷惑なことはないだろう。

年齢を重ねるとそれぞれのキャラクターに違った視点を持たせることができる。
昔読んだという人も今読み返すとまた違った視点で見れるはずである。

その証拠に僕の場合は、

幼少期「うさぎ可愛いなぁ」
青年期「うさぎ可愛いなぁ」
今現在「うさぎ可愛いなぁ」

ほら。

この普遍的な物語はいつの時代もずっと受け継がれていくだろう。


ピーターラビットの話題はここまでで、ここから少し余談を最後に。










受け継がれる物語




動物のキャラクターとイメージというのは面白いもので、この動物はこんな性格というのが受け継がれている。

古くはイソップ物語においての『意地悪ギツネとりこうなウサギ』のように、他の動物を怖がらせ楽しむいじわるなキツネと、それを利用して自分を怖い存在見せたうさぎの物語がある(戦国策の虎の威を借る狐もあるが)。


ビアトリスク・ポターの作品の中に『キツネどんのおはなし』というものがある。

キツネどんは鼻つまみものであり、うさぎにとってはいじわるな存在として映る。





この「キツネ=いじわる」という構図は、その後も物語の世界に受け継がれていく。
ディズニー映画の「ピノキオ」に登場するJ・ワシントン・ファウルフェローなんかそうだろうし、ちょっぴりいじわるなキツネといえば最近では『タヌキとキツネ』に登場するキツネを当てはめてみても面白いかもしれない。

そんな「キツネ=いじわる」というイメージを逆手に取ったのが2016年に公開されたディズニーの「ズートピア」であった。





ファミリームービーでありながら、差別と個性というテーマ性を盛り込んで超一流のエンターテイメントに仕上げてしまった傑作である。

ここでキツネ=いじわるという構図をあえて用いて主人公うさぎのジュディのパートナーとしてキツネのニックを配している。そこで中盤でそのテーマを盛り込みながら、最後にはジュディとニックは真のパートナーとなる。

こうして、近年まで脈々とそのイメージは受け継がれているのが面白いなと思う。

逆に日本ではうさぎと亀やら因幡の白うさぎやらでなかなかいじわるなイメージだけどね。






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