ポルノグラフィティのガチオタクがある日、岡野昭仁と一緒に歌ってくださいと言われたら?
一体どんな顔をすれば良いのだろう。
ミュージシャンとしてバンド活動していてある日突然、岡野昭仁と井口理が歌うので何でもいいので曲を書いてくださいと言われたら?
一体どんな顔をすれば良いのだろう。
その答えがここにある。
MELODYの誕生
ここ最近では凛として時雨のTKがB'zの稲葉浩志とコラボしたり、過去に例を見ない嘘みたいなコラボレーションが音楽界で繰り広げられている。
ポルノグラフィティ界隈では岡野昭仁が玉置浩二と共演したのが記憶に新しい。
その中で、多くのファンが待ち望んでいたコラボレーションがいよいよ実現した。
岡野昭仁(ポルノグラフィティ)×井口理(King Gnu)
そして、そんな曲のプロデュースと演奏は BREIMENの高木祥太が担当した。
楽曲を作り上げた高木祥太は1995年生まれの27歳。
自分としてはBREIMENとしてより、エドガー・サリヴァンの元ベースということの方がピンときたりする。
ただ、これを機にBREIMENを初めて聴かせていただいたが、めちゃくちゃ格好良くて、今まで存じ上げなかった自分を蹴りたくなった。
井口理は93年生まれの28歳、岡野昭仁はもう年齢言うのも悪いので載せないが47歳のベテランである。
27歳のミュージシャンがある日「岡野昭仁と井口理がコラボするから何でもいいから曲書いて」と言われるのである。
無茶振りにも程がある、お前らは関ジャムのスタッフか。
こんな依頼、普通ドッキリとしか思わないだろ。
ミッション・イン・ポッシブルが過ぎる。
けれど、ミュージシャンとしてこんなにワクワクするオファーもまた、そうないのではないだろうか。
なぜなら今の岡野昭仁と、井口理である。
どんな曲を書いたとしても、この2人ならとんでもない科学反応を見せてくれるのが目に浮かぶ。
こうして生まれた"MELODY"という楽曲は、岡野昭仁、井口理、高木祥太の才能が重なり合い、化学反応どころかビッグバンすら起こしてしまうような結果を見せた。
バイオハザードで科学者が想定していなかったレベルの化物を偶発的に生んでしまう理屈だ。
この曲を聴いて沁々感じたことがあって。それは。
音楽はなぜ素晴らしいのか。
ということ。
それは人の手で生み出すことができる奇跡だからなのだ。
音楽は時に、こうした創り手の想いさえ裏切って大きな存在になる、そんな瞬間を味わえるからこそ、音楽は素晴らしいのだ。
MELODY
イントロから引き込まれる格好よさに痺れてしまう。
レコーディングでも語られていたが、スイングしたグルーヴ感がとても気持ちいい。無条件に身体が横揺れする。
レコーディング動画でも語られているが、ある程度意図的に演奏をズラしてグルーヴ感を出している。けれど理論でやっていながらも、それを生み出すのは決して簡単でなくて、BREIMENのメンバーたちの素晴らしい感性が、このグルーヴを生み出しているのだろう。
ブラックミュージックを基調としながらも、ファンクやジャズの要素を上手く溶け込ませている。演奏だけでもかなり絶妙なバランスで成り立っていて、決してヴォーカルを立たせるための演奏に徹しているわけでない。
歌の譜割りもかなり凝っていて、その辺のヴォーカリストなら到底歌えないだろう。
しかしながら歌うのはそこら辺に到底いない岡野昭仁と井口理である。
元々化物みたいな歌声の2人が重ねれば、演奏にも負けない力強さを見せつける。足し算の理論どころか、かけ算である。
火薬を増やせば爆発も大きくなるぜ!
HAHAHA!とか言ってるアメリカ人と発想が同じだ。
で、ここからがこの曲の更に凄いところなんだけど、そんな2人がレコーディングの中で互いを高め合っていくのだ。
その辺りは先日公開されたレコーディングドキュメンタリーの映像を見ればわかると思う。
一番ベテランなのに一番うまく行くか心配してる岡野昭仁は、いざ咳き込んで歌い出せばポルノグラフィティを23年導いてきた声になる。
一方で井口理はポルノオタクとして最大限のリスペクトを込めながら、歌い出せば繊細さもあるエモーショナルな歌声で、岡野昭仁に「もっとできる」「"My 80's"のサビの裏声」と本人も覚えてないであろうガチ目線のアドバイスをする歌のヤバいガチオタとなる。
映像の中でさえ、曲が羽ばたく瞬間がいくつも捉えられていただろう。
あのレコーディングの幸せそうな映像に、音楽の喜びが全て詰まっている。
音楽はバトンを繋いでいく物語だ。
たとえ孤高のミュージシャンのように見えても、そこには必ず先人たちとの繋がりが、そして後の世代へ繋ぐものがある。
僕はそう思って、よくミュージシャンの文脈を遡って聴いていく。
けれど、決してそれだけではなかったのだ。
歌入れの映像を眺めながら僕が思い出したのはマンガ『ヒカルの碁』だった。
囲碁の対局を通して互いの一手一手にハッとさせられたり、互いを認め合ったり、時に悔し涙を浮かべたり。そんなせめぎ合いが棋譜として記録に、歴史に残ること。
そして残したものを伝えていくこと。
話を戻すがレコーディングブースを出入りしながら、尊敬する先輩へ、たしかに実力を認めた後輩に。
音符一つひとつに喜びを宿して手渡していくて。
そして曲が世に生まれ、これから先の未来へ残ってゆく。
新しい歌い手たちの胸に新しい種を落としていく。
それが音楽の持つ希望なのだと。
まぁ、端的にいえばメキメキ実力を発揮して高めてく姿に「ジャンプマンガみてーだな」と思っていただけだけど。
あのレコーディングスタジオは精神と時の部屋かなにかか。3日でみんな更に成長してたぞ。
MELODYの歌詞
この曲の歌詞がまた秀逸で。
岡野昭仁と井口理のために書かれてるんだからっていうのもあるけど、2人のパートを問わず歌詞全体がそれぞれの目線で見られるようになっていて、しかも目線によって曲か違って見える仕組みになっている。
たとえば井口理の物語として見たなら。
もしも手に入るならどんな恋も愛もいらない16歳児のとぎめきが一生すら掻っ獲うから
中学の時に出逢い、その歌声で人生が変わったほどのヴォーカリストへの初期衝動のストーリーに見える。
では岡野昭仁目線で見ればどうなるか。
もしも出会わなければこんな酸いも甘いも知らない16小節に戯れて一夜にして真っ逆さまさ
この間のツアーでTHE FIRST TAKEについてこう語った。
「僕らも23年と長いことやってきて、大体のことはやったと思っていたんです。たくさん曲を出したり、ツアーも17回目だし、たくさんテレビにも出たり。新しいことは、やってないことはもうないんじゃないかって」
しかし、そんな中で出会った新たなる挑戦がTHE FIRST TAKEだったそうだ。
僕は岡野昭仁が井口理へ抱いている気持ちの中に、こうした新たなる扉を開けてくれた感謝の想いもあったのではないかと思う。
なぜかというと以前「ROCK IN JAPAN FES '19」について。
「僕らみたいなミュージシャンがこんなに大きなフェスに出ていいのかという思いがあったんです。でも楽屋で『聴いてました』と言ってくれた若手のミュージシャンたちの言葉に、『自分たちも音楽界の隅っこにでも足跡を残せたんだ」と思った』
と語っていたからだ。この出来事はポルノグラフィティの音楽に纏わるエピソードだ。
この出来事は、ポルノグラフィティにとってとても大きなものになったんだと、ファンながらに思う。
その後に井口理のポルノグラフィティの、自分の歌声への想いを知ることになる。
ソロ活動を経て自身の歌を見つめ直した岡野昭仁にとって井口理との出会いは、RIJFで聞いた言葉のように、いやそれ以上に大きな意味を持ったのだと思う。
様々な経験をしてきた先で、尊敬する後輩を見て抱いた純粋なる歌うことの喜び。
その想いがまさに高木祥太の書いた歌詞に表されている。
重なる音の葉繋がる点と線
3人が3人を見ていなければ、この曲は生まれなかった。
想いをメロディに乗せて、言葉を歌にして。
歌わされて歌い、歌うことで歌わされる。
その幸せな葛藤がヴォーカリストたちのグルーヴとなって響いてゆく。
メロディ 哀しいかな操られたのはボクの方?
でも、気づいている。
メロディ 愛しいかな踊らされたのはキミもそう?
なんて素敵な歌詞だろう。
ではそんな歌い手たちの想いを、井口理らしくポルノグラフィティの曲でこの想いを例えよう。
踊らされて曲がりくねった自分らしい道をギラギラとカッコつけてぶっ飛ばそう~"電光石火"
だからこそ彼らは歌う、歌い続ける。
メロディ それでも尚歌うことを 止められはしないんだ
今日も彼らは歌を抱えて生きていく。
なぜなら、彼らはヴォーカリストなのだから。
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