シングルのリリース予定はあるものの、ライヴもしばらくはないので、こういう閑散期に全アルバムレビューや全シングルレビューを進めなくては。
ということで、今回は3rdアルバムの「雲をも掴む民」を取り上げよう。
アルバムについて
2002年3月27日にリリースされたアルバムである。
シングルでは“アゲハ蝶”、“ヴォイス”、“幸せについて本気出して考えてみた”が収録されている。
全13曲が収録されているが、特徴としてはTama作の曲が6曲を占めていて、そのためロック色が強い印象だ。
その印象を更に強めているのが、今作では7曲が生ドラムを用いてレコーディングされている点にある。
肉体的なサウンドがよりアルバムの骨格をしっかりさせているのだろう。
その他、ak.homma(本間昭光)は4曲、岡野昭仁は3曲となっている。新藤晴一曲はこのアルバムではないが、 岡野昭仁の曲以外の作詞を全て手掛けている。
このようなバランス感覚のためか、このアルバムは自分の中では一番、始まりから終わりまで比較的一貫したトーンが持続していくような印象だ。
恋愛をテーマにした曲が減り、その分、時代を写すような社会派の曲や、岡野昭仁の自身を見つめ直すようなテーマを盛り込んだ内容が増えている。
1. 敵はどこだ?
作詞:新藤晴一 / 作曲:Tama
ポルノグラフィティは2001年8月にニューヨークでレコーディングを行った。その際にレコーディングされたのが“ヴォイス“や、この後のアルバムに収録される“ヴィンテージ”等である。不確定だがクレジットを見るに“ハート”と“パレット”もそうかもしれない。
※「ヴォイス」のシングルのアーティスト写真はその際のもの
日付からも判るように、この約一ヶ月後にニューヨークで911テロが発生する。それに端を発してイラク戦争が勃発した。
それを受けて書かれたのがこの曲である。畳み掛けるようなドラム、攻撃的なサウンドと、それに伴う閉塞感。決定的に何かが変わってしまった世界。
それまでもシニカルな目線の歌詞を書いてきた新藤晴一だが、この曲は真っ向から“今この時代で起きていること"を切り取って描いている。
それをアルバムのオープニングに持ってきたことは、ポルノグラフィティにとって、新たなファクターとなる。
2. ラスト オブ ヒーロー
作詞:新藤晴一 / 作曲:ak.homma
まさにニューヨークの暗い路地裏が似合いそうなヒーローだ。
Led Zeppelinオマージュのリフが、諦めて姿を消すヒーローの姿がとてもアイロニーである。
諦めてしまったヒーロー。それは哀しくも、僕らにそれを止める権利などない。
決断は僕らに委ねられているのだ。
歌詞については以前掘り下げて書いているので、そちらを参照ください。
ラスト オブ ヒーロー歌詞解釈~ヒーローは逃げない、一度も
3. アゲハ蝶(Red Mix)
作詞:ハルイチ / 作曲:ak.homma
シングルバージョンからアレンジが変えられて、パーカッションなどが厚みが出ている(ような気がする)。
自分のイメージではシングルバージョンは砂浜で、アルバムバージョンはジャングルのような森の中というイメージ。
曲については、もはや語りまくってるので割愛させていただきます。
アゲハ蝶歌詞解釈~夏の夜に咲いたアゲハ蝶
4. ハート
作詞:新藤晴一 / 作曲:Tama
とても熱量の高いバラードである。
失恋をした主人公が傷ついたハートを君に見せられたらと願う。
しかし、君への想いが叶うことはない。
願うように、祈るように手を広げ、主人公はまた新たな一歩を踏み出そうと決意する。
歌詞解釈の記事にも書いたが、ポルノグラフィティの楽曲の中でも屈指に好きなギターソロである。
ポルノグラフィティ「ハート」歌詞解釈~大人になれない僕たちへ
5. Aokage
作詞・作曲:岡野昭仁
因島を歌った曲。
岡野昭仁らしいリア充な思い出を歌った曲だ。
そんなでありながら眩しさと微笑ましさが、この曲にはある。それがなければ、そのままトンネルでトラックに轢かれてしまえと思ってしまいそうだ。
実際にあるトンネルながら「青影」という名前が、とても絶妙だ。
青春、その青さが宿す影の色。
それを越えた先に、青い海が待っている。
この鮮やかな情景が、曲の美しさを際立たせているのだろう。
6. クリスチーナ
作詞・作曲:岡野昭仁
アルバムの中では最もカラッと乾いた空気になる、遊び心たっぷりの曲。
ガンメタリックのボディに革張りのシート、見るからに燃費の悪そうな車体を想像する。
車の排気ガスで煙いのを我慢して自転車を走らせていた少年が、明らかに排気ガスを撒き散らすことに特化したような車を走らせるところがなんとも皮肉で面白い。
これって“Jazz up”においての、
土生港から 海ぞいの道を
初恋を乗せて ペダル踏んでた
乱れた呼吸 悟られないように
246から渋谷にぬける今の僕と何が違うの?
そう考えると ずいぶん遠くへ来たみたい
というフレーズと通ずるものがある。
7. n.t.
作詞・作曲:岡野昭仁
イントロのAmのギターがカッコイイ。
タイトルは『蒼天航路』の関羽の言葉「佞言絶つべし(ねいげんたつべし)」から取られている。
もうちょっと突っ込んで説明すると、この言葉は張角の「劉備は天子に。関羽は後世で神になる」という言葉を受けて関羽が云うものだ。
佞言とは、甘い言葉とか媚びへつらう言葉のこと。それを甘んじることなかれという意味合いだ。
これを踏まえて歌詞を見ると、主人公はある程度成功した人生を送っている。しかし、それは自分を偽りながら手に入れた、つまらない将来。
変わりたいのに、変われない。変えられない自分の弱さ。今のままで幸せだと、主人公は自分自身に佞言を掛けている。
みんなそうやって、多かれ少なかれ自分を偽って生きている。だからこそ“n.t.”は普遍的に人々を感動させる曲となっている。
8. ヴォイス
作詞:新藤晴一 / 作曲:本間昭光
シングル曲。マスタリングは(たぶん)変わっているが、他のシングルに比べると原曲に近い。
アルバムを通して“喪失”が多く描かれるなかで、この曲は数少ない希望を唄う。
僕を導くものは左胸から僕を呼ぶ声である。
そんな誰しもが抱く感情、しかしそんな世界は争いが絶えず、導く声は銃声に掻き消され、時に左胸に銃弾が撃ち込まれてしまうことにさえなる。
“敵はどこだ?”と遠いようでいて、実は表裏一体になっている印象だ。
9. パレット
作詞:新藤晴一 / 作曲:ak.homma
アルバムの中で最も好きな曲だ。
爽やかな曲調で、シングルとしても十分通用しそうな曲である。
ベストにも収録されてることもあり、ファンからの人気の高さも伺える。
でも僕はこの曲はアコースティックアレンジ(幕張ロマンスポルノ)でしか聴いたことがないので、いつか原曲のバンドサウンドで聴きたいと願っている。
一筋縄ではいかない、ちょっと捻くれた歌詞も素晴らしい。
歌詞については例の如く、歌詞解釈記事を参照ください。
パレット歌詞解釈~泣いた月と唄う鳥の示すもの
10. 幸せについて本気出して考えてみた(アルバムバージョン)
作詞:新藤晴一 / 作曲:Tama
イントロに「幸せについて~本気出~して~考えた、探していた」というアレンジが追加されている。ライヴではこのバージョンになることも多々ある。
年々この曲が沁みるようになってくる。
昔は爽やかソングとしてのほほんと聴いていたが、今聴くと言葉のひとつひとつが突き刺さるのだ。
11. ニセ彼女
作詞:新藤晴一 / 作曲:Tama
タイトルは新藤晴一自身が「タイトル・オブ・ザ・イヤー」に挙げている。
ライヴでは「BITTER SWEET MUSIC BIZ」ツアーの最初の方でしか披露していない。
様々な言葉で着飾っているが、要するとじゃれあっているカップルである。
カフェや電車などで横でやられたら張り倒したくなるが、そう感じさせないのは新藤晴一の言葉の選択の妙なのだろう。
じゃれあうカップルの曲と明言されていた気がするが、僕はどちらかというと父親と女の子の親子の姿にも聴こえた。
12. ビタースイート
作詞:新藤晴一 / 作曲:Tama
アルバムの中で1つキーとなる曲。
そのため、ミュージック・ステーションで披露されたり、先にも触れたツアータイトルにも使用されている。
失恋の曲であるが、“パレット”とは全く異なるトーンであり、チョコレートが出てくるが、“ニセ彼女”に登場するそれとも全く違っている。
かなりロック色が強く、とてもライヴ映えする逸品で、イントロがなると曲のトーンとは裏腹に心の底から熱い気持ちになる。
やがてどうでもいい どうでもいい
どうしようもない どうしたい どうしよう どうしてもねぇ…
の歌詞があまりに秀逸だ。
13. 夜はお静かに
作詞:新藤晴一 / 作曲:Tama
アルバムのラストナンバー。
ピアノ主体のバラードだが、2分38秒ととても短い曲だ。
その曲が伝えるメッセージは、どんな日でもステレオの前で向き合えること。それはどんな日でも変わらないし、距離や時間さえ越えること。
これは“TVスター”で歌われた
やがて僕ら去って
そしてファンも去って
また時代 が過ぎようが
かわらず音楽はあるだろう
というメッセージにも通ずる。
そしてアルバムの最後と受け止めた時、たとえテロが起きても、世界からヒーローがいなくなっても、僕らの日々にいつも音楽は変わらずにあって、いつも僕らを受け止めてくれる。
そんなメッセージにも聴こえた。
ということで、3rdアルバム「雲をも掴む民」について書いた。
あらためて通して聴いて、本当に好きなアルバムだし、自分の中では大切なものが全て詰まっている、そんなアルバムだと再認識できた。
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