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2018年8月13日月曜日

【映画】「カメラを止めるな!」超絶ネタバレ感想







※ネタバレ全開です
※この映画がただのゾンビ映画だと思ってスルーしている人は、すぐに改めて観に行きましょう


近年で云えば「マッドマックス 怒りのデスロード」、「シンゴジラ」のように“ぶち抜けた”映画が現れることがある。

そんな作品が今年は「バーフバリ」があったが、残念ながらまだ見れていない。
今度完全版観ます。


所謂「何回観た?」タイプの映画である。


そんな一本が2018年に現れた。

それが「カメラを止めるな!」である。






あらすじ




とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に本物のゾンビが襲いかかる!大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。映画史をぬり変えるワンカットゾンビサバイバル!……を撮ったヤツらの話。



ネタバレ感想




はい、まずはあらすじを引用したが、一切に気にしなくていいです。

この映画のあらすじは必要ありません。


まずあらためてこの映画の拡散はされまくるが、冒頭37分以上の情報は全くネタバレしてはいけないという、観た者たちの一体感が凄い。


自分も避けようとしていたのもあるが、本当に「ワンカットのゾンビ映画を創る」以外は知らなかった。厳密にはゾンビドラマか。


ゾンビ映画というジャンルほどやりつくしてしまったジャンルはないのではないだろうか。

昨年亡くなったジョージ・A・ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」「ゾンビ」を初めとしたゾンビ映画の歴史。





時代と共に変貌を遂げ、2002年公開のダニー・ボイル監督の「28日後…」は賛否両論ありながらも“走るゾンビ”という新たな姿を見せた。





ゾンビという基本フォーマットで、如何に新しいものを見せるか。
それが近年のゾンビ映画の課題であった。

ブレイクポイントとなる作品はいくつかあって。

ひとつは2004年公開(日本未公開)、エドガー・ライト監督の「ショーン・オブ・ザ・デッド」だろう。






ロメロの「ゾンビ」を下敷きにイギリスならではのシニカルなジョークを交えたコメディ作品として作られている。

大好きな作品で、僕はゾンビが関わる映画としてはこの作品が1番好きである。

同様に2009年公開ルーベン・フライシャー監督の「ゾンビランド」もゾンビ映画の“お約束”を使った素晴らしいコメディ映画となっている。





これらの映画によってゾンビという存在がコメディでも十分な魅力あるキャラクターであると分かる。

そしてもう1つは2007年公開ジャウマ・バラゲロ監督の「REC/レック」におけるPOV手法を用いたゾンビ映画の登場である。






厳密には「REC/レック」はゾンビではなくて“感染者”なのだが、もはやほぼゾンビなので良いだろう。

この映画に置いて「手持ちカメラで臨場感溢れるゾンビ映画」が生まれる。
ジョージ・A・ロメロ監督も2007年に「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」で主観映像を用いたゾンビ映画を製作している。






こうした作品たちによって、ゾンビ映画は根強い人気を誇る。

ということで、ゾンビ映画クロニクルを長々書いたけれど、全て忘れて欲しい。


これは正確に云えばゾンビ映画”ではないのだ。

ゾンビのドラマを創るクリエイターたちの苦悩と葛藤を描いた見事な傑作コメディなのだ。



いらない前置きを終え本題に戻るが今作「カメラを止めるな!」における「ONE CUT OF THE DEAD」も手持ちカメラ、ワンカットという構成で始まる。

浄水場であった廃墟で巻き起こるゾンビ騒動。37分間ノンストップで進む。


途中でいくつも「あれ?」という場面が散らばっている。やたら間延びしたやり取り、不自然に現れては消える出演者、突然落ちている斧など、違和感がたくさん散らばっている。


それが映画の後半でまさに”逆手にとった“演出に繋がるのだ。
知っているからこそ、布石でニヤリとし、ピースがハマっていく毎に気持ちいい感覚に染まる。

この感覚はまさに内田けんじ監督の傑作映画「運命じゃない人」である。






序盤での不自然なシーンの裏では別のことが進行しいて、その違和感が全て伏線として回収される、その快感。
何度観ても大好きな映画だ。この映画が好きだという人は今すぐ観て欲しい。


そんな綿密なストーリーテーリングをゾンビ映画でやってのけたのが「カメラを止めるな!」なのだ。


これだけゾンビ映画が乱発された中でこんなにも新鮮な体験が出来るという幸福と興奮である。



登場人物たちは皆問題がある人間ばかり。

軽いノリのアイドル、真面目すぎる俳優、「ちょっと……」しか云わない俳優、斧を手に暴走する女優。

ストーリー後半で、冒頭のドラマ映像ので何が起こっていたのか、その全て明かされる。


中盤の撮影に入るまでのくだりが若干もどかしく進む分、撮影に入ってからの展開は終始クライマックスだ。





「これは、俺の映画だ」


その力強い日暮の言葉は冒頭と同じものなのに、全く響きが違う。この台詞だけではない。何気なく過ぎていた台詞や、意味がわからなかった台詞や演出に意味が生まれる。

こういった、パズルのピースがハマっていく映画が大好きなのだが、まさか「カメラを止めるな!」がその類いとは露知らず。
知らないからこその喜びは破壊知れない。

メタの上にメタを重ねていく手法がこれほど見事にハマることはそうそうないのではないだろうか。

とにかく伏線が秀逸に張り巡らされていて、それが嫌らしくなく爆笑や感動に繋がる、脚本が本当に素晴らしい。
特にラストの写真を見せるくだりは、本当にさりげないのに、とてつもない破壊力だ。



この映画がなぜこれほど多くの人に届くようになったのか。

確かに見れば分かる。しかし、この映画の魅力をネタバレなしで語るのは限界がある。だからこそSNSで「とりあえず見ろ」という意見しか言えないのだ。


そして観たもの同士か“語りたくなる”映画ほど、やはり熱量の高いヒットになりやすい傾向にある。

その暑苦しいほどの熱が「なんか凄い話題らしいから、とりあえず見ようか」という層に届くと、ヒットはさらに加速する。
近年のヒット作と呼ばれる作品はここに繋がるかどうかが分かれ目となる。

その層に本当にウケた時に、更なる火が点くという仕組みだ。


さらに、この映画は見れば分かるが必ずもう一回観たくなる。つまりはリピーターが絶えないのだ。だからこそ都内の劇場は連日満員となる。

そして、ここが最大のポイントだと思うのが、後半のピースがハマる度に場内が沸き上がってくるのだ。この空気は、ちょっとやそっとでは出せる空気ではない。

僕の観た回でも、時間が経つに連れ声を出して笑う人が増えていった。


この空気は人に「なんか、スゲー楽しかったな」とより映画の印象をよくさせる効果があるのだ。たまにそういうことがあって、そういった回に当たった時はやはり印象に残りやすい。

1番楽しかったのはエドガー・ライト監督の「スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団」を渋谷で観て場内が倍々ゲームのように笑いまくり、最後にスタンディングオベーションになったことである。







「この世界の片隅に」と「カメラを止めるな!」はかなり重要な作品である。
それは、本当に面白い魅力を持った作品は人づてに広がって真のヒットと成りうるということを証明したからだ。


なぜなら打算的に原作やキャストで興業を担保しようとする業界に風穴を開ける存在なのだ。


もちろんそういった作品でも面白いものはあるが、本当に面白い作品が正当に評価されて成功する。

これこそがクリエイターとしての本当に正しい在り方なのだ。


そろそろ「話題になるほど面白くねぇよ」という人達が出始めるタームに入ってきたが、だからこそ、自分で観て自分の考えで判断して欲しい。

面白い面白くないは個人の判断だ。
しかし「世間の話題がこうだから」という感想ほど世の中で役に立たない感想はない。

自分でどう思ったのか、それだけだ。

もちろん万人が認める映画など世の中にないのだから。

それが出来ないなら、映画好きとは言えないんじゃないかな。






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