この記事は音楽文.comに投稿した、
「この場所で歌うのが、大好きな曲です」と吉井和哉は言った ~THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017 SPECIAL」
にわりと大幅な加筆修正を加えたものです。
タイトルについては
ディレクターズカット版と言ってみたかっただけです。
THE YELLOW MONKEYの東京ドーム2Daysを見た。
THE YELLOW MONKEYにとって東京ドームは終息の地であった。活動休止前の最後のライヴ、そして最後に演奏をした場所である。メンバーにとっても、古くからのファンにとっても、大切な場所であり、ある種、
因縁とも呼べる場所だろう。
解散前のイエモンを僕は知らない。知ってる内容はあくまでも話として聞いたり、映像を見たりといった間接的に知り得たものばかりである。だがそんな自分でも、東京ドームでイエモンがライヴを行う、その重みがひしひしと感じられるものであった。
もはや恒例となった開演へのカウントダウンと共にライヴは始まった。ステージ中央に設けられたバルーンが割れ
「大きな犬小屋へようこそ!WELCOME! 」の声と共に"WELCOME TO MY DOGHOUSE"が始まった。活動休止前の東京ドーム公演で最後に演奏された曲である。約17年の時を経て今に繋がったのだ。アリーナ中央に伸びた花道で演奏するメンバー。全方位から見えるその場所は全てをさらけ出すという覚悟でもあるように見えた。
そこからのライヴはまさに
怒涛という言葉が相応しいほど濃いものであった。シングル曲を中心に出し惜しみなく曲を披露し会場をヒートアップさせていく。
個人的にとても大好きな曲"嘆くなり我が夜のファンタジー"が聴けて嬉しい。
更にはようやく生で聴けた!という喜びに溢れる"真珠色の革命時代(Pearl Light Of Revolution)"である。しかもちゃんとフルオーケストラをバックにこの曲を聴けたことは、なんという喜びだろう。
いや、もしかしたらやるかもとは仄かに期待をしていた。だが、まさかこんなに早い段階で、"天国旅行"から続く流れとは、
完全なる不意討ちである。全く覚悟できていなかった。
最後の
謎の朝焼けのCG映像には若干疑問が残るものの、アウトロでオーケストラをしっかり聴かせてくれたので、本当に大満足である。
その後に最新曲"Stars"が披露された。星になってしまったデヴィッド・ボウイへのリスペクト溢れるこのナンバーである。
東京ドームで初めて見たロックコンサートはデヴィッド・ボウイであったという。見ながら「こんなデカイところでは自分たちは無理だと思った」と思っていたそうだ。そんな舞台に立ち、歌う《DEAR MY ROCKSTAR/またあなたに呼ばれた》。これを運命と例えるのは陳腐だろうか。
"MY WINDING ROAD"で使われた菊地英昭の色とりどりに光る謎のギター。
ライヴ2日後くらいに、何の気なしに
Sagoギターのページ見て涎垂らそうかなと思ってホームページ見に行ったら。
マジかよ。
あの印象的なギターがまさかの
Sagoのギターだったとは。
Sagoが更に好きになっちゃったではないか。いつかオーダーしたいなぁ。
中盤からはホーンセクションもステージに当日して、楽曲に厚みを加えて面白いアレンジになっていたものが多かった。特に生のホーンでの"プライマル。"は感動である。
"ALRIGHT"の間奏ではメンバー紹介が挟まれた。菊地英二、サポートメンバーの鶴谷崇、菊地英昭、廣瀬洋一、そして吉井和哉。次々名前が叫ばれていく、そして最後に
「and Everybody!」と観客に向けての賛辞が叫ばれる。それに続く歌詞は、
《何よりもここでこうしてることが奇跡と思うんだ》
再集結のアリーナツアーから演奏され続けてきた"ALRIGHT"であるが、東京ドームのド真ん中で、誇らしげに歌い上げる姿に胸が熱くなる。
この場所で叫ぶその言葉の重みがそうさせるのだろう。
本編の最後となったのは"JAM"だ。この曲に入る前
「東京ドームでやることがとても感慨深い曲」と語っていた。2004年12月のイベントで、再集結までの間で最後に演奏された唯一の曲である。そしてその舞台こそが東京ドームであった。
僕は当時を知らない。だがあの5万人の中に、あの日の"JAM"を聴いていた人がいたとしたら、その胸中を計り知ることはできないだろう。それはメンバーも同じはずだ。「感慨深い」という言葉が持つ意味以上の感情が垣間見えた。
演奏された"JAM"は
「トラウマ」とまで言った過去を全て振り払うように、いや過去も今も、未来さえも肯定するように、5万人の観客1人ひとりに手渡されるように響いていった。
ライヴ2日目。初日と同じく盛り上がったライヴ本編、最後に演奏されたのは、やはり"JAM"である。曲前に同じくMCが入ったが、その言葉は前日のものとは異なっていた。
「この場所で歌うのが、大好きな曲です」
1990年に東京ドームでデヴィッド・ボウイを見ながら「こんなデカイところでは自分たちは無理だと思った」と語っていた男は、歌い終わりに天を仰いだ。そんな"JAM"の歌詞は、
《また明日を待ってる》
という希望の言葉で終わる。
過去と向き合うためであったライヴは、いつしか未来を見据えるライヴに変わっていた。あの日のかさぶたはもう、そこにはない。
アンコールへの間に「オトトキ」主題歌の"Horizon"のミュージック・ビデオが流れた。とても素晴らしかったライヴだが、この点に関しては
かなり不満を申し上げたい。
何故なら、この曲は生で演奏して欲しかったのだ。
「オトトキ」で聴いてとても入れ込むほど聴き込んでいて、この曲で泣くという思いで東京ドームに来たのだ。いや、勝手な期待だけどもさ。
しかもそのミュージック・ビデオも、ちょっとなぁという出来と思えてしまう。アニメーションだけど、
歌詞そのまんまみたいな感じで。
個人的な好みになってしまうけど、僕はこうした歌詞に出てくるモチーフをポンポンと出してくるミュージック・ビデオはあまり好きではない。
なぜなら歌詞で言葉として書いてあるんだから、
なんでそれをあえて映像にするかなという思いだ。大切なことは、そのモチーフから何を受け取るかということなのに、そのまま直球でオレンジの箱やら雨やら出されてもなぁと。
これはミスチルもよくやりがちなことで、昨年の日産スタジアムの"Starting Over"を演奏した際に歌詞をそのままトレースしたようなアニメーションをバックで流していて、とても不満であったことを思い出した。
……なんて思ってたら手掛けたの
まさかの同じ人……ではないか!すみません。どうしても肌に合わないようです。
※個人の意見です
"JAM"の前、吉井和哉はこうも語っていた
「今までの日本にいなかったバンドになりたい」。時代錯誤のようなギラギラとした衣装を身に纏い、ロックスターに憧れた男達、東京ドームを完全に自分たちの遊び場にしてしまったTHE YELLOW MONKEY。
こんな最高のバンド、後にも先にも他にいるわけがないじゃないか。
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