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2018年10月4日木曜日

Mr.Childrenアルバム「重力と呼吸」 が、物足りねぇ







はじめに

今回の記事はアルバムのレヴューではあるけれど、曲については多く触れません

そしてこのアルバムが大好きで仕方ないという方には、ちょっとコイツぶっ飛ばしたいと思われるような内容も書いてます。

それをご了承願います。



Mr.Childrenアルバム「重力と呼吸」の感想










物足りなさ










アーティストはなぜアルバムを創るのか。

それはアーティストがその時点で表現しうる最大限の力と愛情をそこに注ぎ込み形にするためである。

時代、社会、愛情、もしくは半径1メートル以内の世界、そこに流れる空気を感じ取り、音や言葉にして鳴らす。

鈴木英哉("JEN")の高らかな掛け声とともに雪崩れ込む "Your Song"。それまで徹底して緻密に音を重ねていたMr.Childrenの音とは一線を画していて、何度聴いても胸を打つ導入だ。

そこに込められてる音とは、つまり"LIVE"で。
一瞬、一秒、一音が愛しくなるような、あの空間の空気がそのまま流れてくるようだ。

それが第一印象であった。


しかしながら。


僕はこのアルバムに物足りなさがあり、満足できなかった。

1曲1曲はとてもよく出来ているし、良い曲だと感じるのに。

その物足りなさがどこから来るのだろうと思っていた。

それは音に対してではない。

今回のアルバムのサウンドは研ぎ澄まされているだけあって、過去最高と断言できるほど素晴らしい音となっている。
全10曲というボリュームの面で「物足りない」という方がいるが、そちらではない。

僕はどちらかというと、この10曲で音に集中して聴き切るとしたら、これが限界であると思う。
12曲だったら、走りきれないかもしれない。それくらい音に集中したくなるし、1つ1つの楽器の音を楽しめるアルバムだ。

その音は田原健一がどんなギターを使っているか、中川敬輔がどんな指遣いをしていのか、鈴木英哉がどんな顔で叩いているか、そして桜井和寿が何を想っているのか、それが見えてくるようで。


それでは何故満たされきれなかったのか。

桜井和寿のインタビューで、それが判ったのだ。


それに伴って歌詞の書き方も変わってきた。「重力と呼吸」では、生きるとは、自分とはという大きなメッセージは影を潜め、ごく身近で具体的な景色を歌う歌が目立つ。


「リスナーの想像力をあまり信用していないっていうか、もうきっとここまでのことを深く掘り下げて書いても理解しないだろうな、ただ通り過ぎていかれるだろうなっていうのがあるんです。だから、意図的に淡泊に言葉を書いているところはあります」



「物足りない」という言葉はあまり使いたくない。そうでなければ、素人の感想など、普通読みたくないだろう。

しかし、それでも僕は桜井和寿に伝えたい。


もっと聴き手を信じて欲しい。


桜井和寿が想っているよりも多く、その歌詞を求めている人は多いということを。

そこに"余白""余地"を見てしまったからこそ、僕はこのアルバムを手放しで喜べないし、「圧倒的」と感じることは、できない。


最近音楽を創ることは、料理のレシピを考えることに似ているなと思うことがある。

昔から様々な料理が生まれ、そこから云わばスタンダードとなるレシピが受け継がれてきた。それでも新しい料理は考案されて。食材はそんなに変わらないけれど、組み合わせを変えてみたり、違う国のジャンルの料理の要素を足してみたり。それでもたまに突拍子もない前例のない食材が生まれたり。そういったタームに突入しているように思う。

音楽も結局はコードパターンもメロディも出尽くしていると云われていて。それでも新しい音楽を生み出すには、アーティストの個性を押し進めたり、調味料を変えるみたいにアレンジの方向性を変えてみたり、新しい音楽要素の組み合わせを追い求めるしかないと思う。


そんな状況で、世の中の多くの人が魅力に感じているMr.Childrenの良さとは、桜井和寿の歌声や類い稀なメロディセンスであるだろう。もちろんファンにとっては、他の要素も大切なことは分かっているが、あくまでも一般論として。

僕が最も魅力を感じている点が、桜井和寿の日常や世界を独特の言葉で切り取る視点にある。

だからこそ、僕は"himawari"における、


優しさの死に化粧で
笑ってるように 見せてる


というフレーズに撃ち抜かれた。こんな表現があったのかと、膝を打つしかなかった。それは言葉の力でもあるし、それが乗るメロディや歌声まで、どれを取っても完璧であった。





アルバム版のミックスも良かったですね。

「重力と呼吸」というアルバムについて、こんな"Wonder"がどれだけ詰まっているのだろうと、期待してしまっていたのかもしれない。










圧倒的な音」



「後輩ミュージシャンがこのアルバムを聴いたら、音楽をやめたくなるような、また、もう僕らを目標にするなんて思わないくらい圧倒的な音にしたいと、熱い気持ちでアルバム制作に向かいました」


このアルバムを聴いても「音楽をやめたくなるような、また、もう僕らを目標にするなんて思わないくらい」なんて思うバンドマンは、まだそう多くないと思う。


それくらい今の時代に音楽をやろうなんて思う連中の意志は、弱くない。


サウンドということに関しては、僕らはもうサカナクションという音の変態と出逢ってしまっている。一音一音へのこだわりとなったら、僕はやはりフォロワーを置き去りにする孤高の存在となっているのではないかと思う。

若いミュージシャンでも、関ジャムで度々名前が出るので知っている方も多いと思うが、シンガーソングライターのReiのギターは初めて聴いた時に「俺、ギター辞めるわ」と言いかけた。




※想像図



ベテランでもまだまだ衰えを知らなくて。

THE YELLOW MONKEYが先日発表した新曲"天道虫"は恐ろしいほど、強烈なサウンドが詰め込まれ、まさに圧倒されてしまうほどのサウンドであった。

同様に、全然自分のことではないのに手前味噌だが、ポルノグラフィティの今年リリースした"カメレオン・レンズ"や先日配信された"Zombies are standing out"は新境地とも言える圧倒的なサウンドだ。


それほど若手、ベテラン問わず最高のサウンドを目指すミュージシャンはまだまだ途絶えない。


それでも確かに「重力と呼吸」のサウンドは圧倒的である。文句の付けようもない。

だが歌詞を深く読み解こうとする人が少ないのと同様に「最高の音で」音楽を楽しもうという人も減っているのではないか。

もちろんミュージシャンであればそれに気づくだろうし、僕くらいの音音痴でも分かるほど素晴らしい音だ。それでも、日常何気なく音楽を聴いている人が、スネアの鳴り方や、リバーヴの掛け方に気づくだろうか。

確かに圧倒的なサウンドのアルバムを、日常で音楽を聴くという状況。たとえば電車で聴くならノイズはどうしてもあるし、音量も上げて聴けない、そうした時に、このアルバムを聴いて満足たり得るだろうか、ということだ。


「孤高」に辿り着こうとしたMr.Childrenに必要なものに、やはり桜井和寿の言葉が必要ではないのだろうか。少なくとも僕はそう思う。




それでも」




それでも、最後の"皮膚呼吸"に、このアルバムに求めていた全てが詰まっていた。


出力が小さな ただただ古いだけのギターの
その音こそ 歪むことない僕の淡く 蒼い 願い
サスティンは不十分で今にも消えそうであっても
僕にしか出せない特別な音がある
きっと きっと


このフレーズを聴いた時に、僕の中でミスチル史上一位と言えるほど好きなフレーズとなった。

ギターとしているが、これは間違いなく自分達自身のことを歌っていて、それこそインタビューのタイトルである「いつまで叫び続けられるんだろう」という気持ちが出ているものだ。

たとえ身体が衰えたとしても、そこで鳴らすことのできる音は自分にしか鳴らすことのできない、唯一無二のもの。
それを願うような歌詞を、ギターというメタファで語るなんて、もう感涙である。


こんな"Wonder"を待っていたんだ。


そして、


そう今日も
自分を試すとき



という未来を残して終わるこのアルバムが憎くて、あれこ書いたくせに"Your Song"から始まりこの"皮膚呼吸"で終えるということへの喜び(この2曲が強すぎる)で、なんか全てがどうでも良くなって満たされてしまうのだ。

もちろんライヴとかでまた印象は変わるのだろうけど。今、僕が感じたこととして、ここに記す。





↑まだ買えてないので、早く買わなきゃ


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2 件のコメント:

  1. 「皮膚呼吸」でサトシさんが引っかかったフレーズってココなんだろうなーと思ってましたよw

    「後輩ミュージシャンがこのアルバムを聴いたら―」の桜井さんのコメントは、すげぇなと思ってましたけど、僕が思うにそういうしかなかったんだと思うのです。

    それはアスリートが「勝ちます!」「優勝します!」と大会前に言うしかない状況と同じで。

    若手と同じ土俵で戦ってると思ったら、一線を引かれた「目標」にされていたことがショックだったんだと僕は解釈してました。

    Mr.Childrenともなれば、USBでCD以上のものを詰め込めるし、若手が必死になってやってることが簡単にできる環境にある。

    『重力と呼吸』が10曲だった意味は、「どうだ!見たか!10曲でもこれだけやれるんdぜ!」「俺たちは同じ土俵でにいるんだぜ!」というMr.Childrenのメッセージだったんじゃないかと勝手に理解してました。

    若者がMr.Childrenのことをどういう意識でいるのかを考えた時、やっぱりお父さんが、お母さんが聴いてるバンド、という意識は拭えてないのかなぁと。

    そんなイメージに抗いたい。今のMr.Childrenは。

    『重力と呼吸』を聴いてそんな印象を受けました。

    やっぱりミスチルのことになると熱くなってしまいます。長文失礼しますた。

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    1. ありがとうございます!

      このフレーズは、もうやられました。これだけでアルバムの元取った気分です笑

      コメント読んで宣言という気持ちがとても納得できました。
      確かに目標とされるということは、即ち同じ土俵にはいないということにもなりますね。だからこそ、こうした宣戦布告をすることで同じ土俵で闘い、せめぎ合いをして、音楽の可能性を広げていきたいと思っているのなら、25周年でこんなことをしてしまうミスチルという存在が、恐ろしいです。

      あと、そう思うとBank Bandで先輩、後輩関係なく気に入った音楽をカバーするのは、やはり音楽というフェールドでみんな等しい立場でありたいという願いでもあるのかなと、思ってしまいました。

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