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2021年2月27日土曜日

Mr.Children"Brand new planet"の歌詞の意味を考察する








Mr.Childrenの20枚目のアルバム「SOUNDTRACKS」。

1曲目の”DANCING SHOES”に続き、今回はアルバム2曲目に収録されている”Brand new planet”について見ていこう。


Mr.Children ” DANCING SHOES”の歌詞の意味を考察する



「新しい「欲しい」





アルバムが内包するテーマの一つは「終わり」であり、2曲目でもう一つのテーマが歌われる。それが「未来」である。この「未来」は「希望」も内包している。

Mr.Childrenにおいて「終わり」と「未来」は表裏一体のものであると思う。それはまさに”未来”という曲で歌われているように、「始めること」というものには「いつか終わりがくること」が内在されているのだ。

曲調としてはアルバム中では最も開放的なサウンドだ。
桜井和寿自身は「ドームやアリーナを想定していない」というアルバムだが、この曲は星空の下のディスタンス、じゃなかったスタジアムで聴きたくなる。



立ち止まったら そこで何か
終わってしまうって走り続けた
でも歩道橋の上 きらめく星々は
宇宙の大きさでそれを笑っていた



歌詞には”DANCING SHOES”へのアンサー的な意味合いもあると思う。
四半世紀以上の道のりを、一時は病気などで足を止めざるを得ない状況がありながらも、それでも歩み続けてきた。期待という名のプレッシャーを背中に、胸に消えない炎を灯している。

求められること、それを証明するように、このアルバムの収録曲の半分にはタイアップが付いていて、この曲もアルバム曲ながらドラマのタイアップが付いている。ファンだけでなく、あらゆる期待に応え続けてきた、Mr.Childrenの旅路は続いていて、その中でまだ新しいことへの挑戦を続けている。

世の中には、まさに宇宙の星の数ほど、無数の楽曲がある。
それでも新しい自分たちの音楽を求めて、ミュージシャンたちは今日も曲を創っている。

締め切りがあるとかもあるが、ほとんどのミュージシャンには曲を創ることに理由はない(とロマンティックな願いは持っていたい)。
自分の中で生まれた感情を音楽にする喜びと衝動が、彼らを動かしているのだ。



静かに葬ろうとした
憧れを解放したい
消えかけの可能星を見つけに行こう
何処かでまた迷うだろう
でも今なら遅くはない
新しい「欲しい」まで もうすぐ



サビでバスドラがかなり強く訊いていて、鼓動を促すように聴こえる。

「可能星」という言葉に思わず「やられた!」と叫んでしまった。こういう歌詞を読みながらでなければ判らないフレーズは大好物だ。もっとやれ。

このサビのフレーズを見て”Starting Over”を思い出した。



いくつもの選択肢と可能性に囲まれ
探してた 望んでた ものがぼやけていく
「何かが生まれ また何かが死んでいくんだ」
そう きっとそこからは逃げられはしないだろう
~”Starting Over”



と対になっているように感じたのだ。

”Starting Over”のサビで繰り返し歌われる「何か」とは、まさに”Brand new planet”の冒頭に出てくる「何か」であり、それは「新しい『欲しい』」に通じているのではないだろうか。

そして最も胸を打つのがその「新しい『欲しい』まで もうすぐ」というフレーズだ。
近年「終活」のような言葉をよく見かける。それは身の回りの整理だったり、手放していくものを示すことが多いはずだ。それでも、人が今を生きていることに変わりはない。

そこでは時に、新しい可能星、新しい「欲しい」に出会うこともある。更に桜井和寿はそこから一歩先のメッセージを唄う、それが「見つけに行こう」なのだ。

こういったメッセージは、以前であれば若者へのエールで使われてきたことが多かったと思う。
しかしながら”Brand new planet”のメッセージは年齢など関係ない、全世代へ向けたメッセージとなっている。

それはひとえにメンバーたち自身が歳を重ねた今、それでもまだ瑞々しく、精力的に新しい音楽を生み出し、奏でる姿があるからこそ説得力を持つ。つまりは、楽曲そのもののポジティブ性だけではなく、それを奏でるMr.Childrenの姿そのものがメッセージとなっているのだ。

「重力と呼吸」で桜井和寿はこう述べた。


後輩ミュージシャンがこのアルバムを聴いたら、音楽をやめたくなるような、また、もう僕らを目標にするなんて思わないくらい圧倒的な音にしたいと、熱い気持ちでアルバム制作に向かいました

Mr.Childrenニューアルバム「重力と呼吸」を想って、ミスチルがいる世界を憎む
https://candy-store74.blogspot.com/2018/09/mrchildren-gravity-respiratory.html



この記事で書いたように、僕はこれを後輩ミュージシャンたちへのエールではないかと受け取った。
多くのミュージシャンが圧倒的な音楽を聴いた時に持つ感情は、音楽をやめてしまうような熱意ではなく、メラメラと燃え上がる対抗意識と知っているからだ。

諦め切れない、消えない、消せない憧れこそが可能星なのだ。

2番ではその憧れについて、比較的ストレートに表現している。
どこにいようと、何を見つめようと、今そこにいる自分を見つめなおすという視点だ。









「詩」




最後のサビに向けた落ちサビのフレーズ。


さようならを告げる詩
この世に捧げながら
絡みつく憂鬱にキスをしよう
何処かできっと待ってる
その惑星が僕を待ってる



「絡みつく憂鬱にキスをしよう」とか震えるほど好きな表現だ。

ここでキーとなるのが「詩(うた)」という部分。「歌」や「唄」ではなく「詩」という言葉を使っていることに注目したい。Mr.Childrenのファンにっては言うまでもないかもしれないが、” 名もなき詩”を思い浮かべる人が多い事だろう。

上で触れたように”Brand new planet”が” DANCING SHOES”のアンサーになっていると思ったのは、このためである。DANCING SHOESの記事でも触れた内容を再び掲載しよう。


「国民的バンド」という位置づけは、ある意味ではまさに「自分らしさの檻」であり、檻の中のもがきこそが” DANCING SHOES”の歌詞なのだ。



ここまで書いてきたように、全体的にはポジティブな光を放つ曲の中で「さようならを告げる詩」という憂いのあるフレーズは少し唐突に聴こえる。しかしながら、アルバム全体を通しても「終わり」というものについて決してネガティブな捉え方をしていない。

話を戻すと「詩」というのは、メロディやリズムを伴わない表現だ。
歌詞では「詞」という字を使うが、これは「詞」がメロディやリズムを伴うものだからだ。

「詩」というものの定義は「読ませるもの」だという。聴かせるではなく、読ませることを念頭において桜井和寿が「詩」という言葉を選んだのであれば。


消えかけの可能星を見つけに行こう



それは耳で聴くだけでは判らないフレーズであり、歌詞を読むことで初めて判るメッセージ。

「重力と呼吸」の頃より桜井和寿は「これが最後になっても構わないように」という旨の発言をしていた。後悔のないようにという意味合いと共に、曲たちを遺していくという、云わば「辞世の句」のようなつもりで歌詞にメッセージを込めてきたのではないだろうか。

しかし「さようなら」が別れだけではないことを、僕らは知っている。


今日の日が終わる
また来週に会える
「さよなら」は悲しい響きだけど
君とならば愛の言葉
~” 空風の帰り道”



終わりの次に、新しい始まりが、新しい「欲しい」待っている。


Mr.Childrenアルバム「重力と呼吸」 が物足りないのに満足してしまう


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