2018年7月4日水曜日

【感想】宇多田ヒカル アルバム「初恋」を言葉で読みとく







宇多田ヒカル1年9ヶ月ぶりなるオリジナルアルバム「初恋 」を聴いた。







宇多田ヒカルのアルバムを聴くときに、再生ボタンを押す手が恐る恐るになるのは何故だろう。ほぼ予備知識を入れず、タイアップが多いわりに全然聴いていなかったので、鳴らされる第一音が愛しく、たまらない気持ちになる。

それはまるで「初恋」のように。


母、藤圭子の死に捧げられた前作「Fantôme」では親子として、人と人として向き合った作品だった。





「Fantôme」はアーティストとして、向き合わなければならないことを形にした作品だったように思う。

そして今作「初恋」は聴き終わって感じたのは、ピュアな気持ちから生まれたものを表現者として作品に落とし込んだという印象である。
自分で書いててなかなかわかりづらいが、そうとしか思いつかなかった。

全体を通しては、テンポの落ち着いた曲が多く、聴き終わって、深い溜息が零れた。

このブログらしく、言葉を中心に収録曲を見ていこう。

長くなるのでご注意を。







1. “Play A Love Song”



オープニングを飾るナンバー。トーンは落ち着いているのに、メジャーキーでとても肩の力が抜けて軽やかだ。

英歌詞の部分の語感の気持ち良さや、日本語歌詞部分の言葉の選択の妙が鮮やかだ。

友達の心配や
生い立ちのトラウマは
まだ続く僕たちの歴史の
ほんの注釈


ここに「注釈」という言葉を持ってこれるセンスである。
あまり無闇やたらに「センス」という言葉を使いたくないのだが、その言葉しか当てはまらない。



2. “あなた”



どっしりとした唄い出しから、終盤ではストリングスとホーンが曲を盛り上げていく。

世界、社会で日々巻き起こることで、あなたは心を悩ませ、痛めている。しかしながら私にとって、世界とはつまりあなたのことであり、あなたがいる世界、それがあれば《大概の問題は取るに足らない》と言い切ってしまう。

"Play A Love Song"と対になっているとしたら、二人は本当はとても純粋な気持ちでいる。しかし、様々なものがこびりついて、その気持ちを隠してしまっているかのように。

《Oh 肌 の匂いが変わってしまうよ》という歌詞が面白い。《代わり映えしない明日をください》という言葉と対になっていて、あなたとの変わらぬ日々を望むが、時代が移り変わるように、私とあなたも変化していく。

ポルノグラフィティ脳としては"夜間飛行"という曲に出てくる《甘く香るの 私好みじゃないパフューム》というフレーズを思い出したり。


3. “初恋"



アルバムのタイトルトラック。

タイトルからどうしても連想して、重ねてしまうのが"First Love"だろう。

どちらにも、始まりと終わりを感じさせる要素が含まれている。涙は喜びも悲しみも、あなたとの日々を全て飲み込み流れ落ちる。

人間なら誰しも
当たり前に恋をするものだと
ずっと思っていた だけど

普通であれば「人」としたくなる部分をあえて「人間」と表現する。

「人なら誰しも」となるよりも、その生々しさが強く耳を惹き付けるフレーズとなっている。



4. “誓い”



普遍的なラヴソングだ。あなたとの変わらぬ日々を求める心はここにも現れている。綺麗な花も証人も、いつかは変わってしまう。だからこそ、私は"光"を求める。

どんな世界にも日が登り続けるように変わらぬ日々を。
《日が昇る音》と音を持ってこれるのも凄いが、《朝日色の指輪》というフレーズの美しさも秀逸だ。

前作の"花束を君に"と対極にあるようだが、“花束を君に”へを死者に手向けた花と捉えると、死という永遠に変わらぬものに対する命ある花という対比になっているのではないかと思う。


5. “Forevermore”



荘厳なストリングスが鳴り響くオープニング。

このアルバムを聴き終わった時の、心にとてもずっしりとくるような感覚はなんなのだろう、と思っていて、それがこの曲の《愛してる 愛してる》や、"初恋"の《I need you》のようなリフレインする願いが一発一発心にズシリとのし掛かっているからではないかとさえ思える。

しかしながら、そんなフレーズの後に《それ以外は余談の域よ》なんてさらっと唄ってしまうところが、本当に憎くなる。凄い。


6. “Too Proud featuring Jevon”




インタビューでもあったが、そのまま読み取るとセックスレスについての曲だが、それよりも大きな今の日本が抱えている時世を内包している。

引用しよう。


セックスに限った話ではなくて。ある程度の自尊心が確立されていれば、仮に信頼している相手から、意図的ではなくとも、傷つけられたり、一時的に受け入れられなかったりしても、そこで「自分に価値がないからだ」とか「もう駄目だ」なんて思わず、また相手に向き合えると思うんです。でも、そこに怖さを強く芽生えさせてしまう空気が、どこかいまの日本にはあるような気がして。失敗することへの恐怖心とか、すごいじゃないですか。“一度挫折したらもう終わり”みたいな雰囲気とか。


《側に居る人よりも/知らない人の視線/触れられたいだけ》という歌詞が、今の他人と自分の関わりを端的に言い表している。

英語の部分は前半は私から目線。
あなたを拒絶しているが、それは拒絶されることへの畏れから。

後半では相手から。
スマホに視線を向け、ハグには応じてくれない。

近くにいるの人より、心は画面の向こう。

その対比があまりに哀しい。









7. “Good Night”



情景を思い浮かべる。
君が残して消えたアルバム。写真の方だろう。

そこにあるのは「この時の君」
別れを思い起こさせるそれを、僕は眺める。

僕の知らない君がいて、僕はその表情を読み解こうとする。しかし、君は思い出のまま。僕のことなど気にしていやしない。

それなら、さようなら、眠っていて。

それでも。

という情景が浮かぶ。



8. “パクチーの唄“



最初の方で書いたが、かなり重いアルバムだが、この曲がなければ、本当に聴き返すのに力がいるアルバムになってたかもしれない。

それくらいアルバムの空気を一度全部パクチーにしてしまう。
これほど濃い味付けが並ぶ中で、この主張である。まさにパクチーではないか。

冷静に考えてメロディとアレンジを追えば、凄まじい名曲である。これ歌詞次第では最後のサックスとか入ってきたとこで泣ける。

しかし、こうして聴くと、この曲に相応しい歌詞は何か、パクチーしかないではないか。



9. “残り香”



イントロから唄い出しのところで「あ、これ名曲だ」と判る曲がある。
前作でいうと初めて"真夏の通り雨"を聴いた時に抱いた気持ちである。

崩壊と喪失。しかし、この曲があまりに甘いのは、あなたとの記憶が甘いものであったから。
夢を揺蕩うように、私はあなたを追う、あなたの残していった香りを探して。

「私の部屋」でありながら、「知らない街」と続く。そこから連想されるのがホテルの部屋。

明け方の知らない街、私とあなたの香りを残して、あなたはどこへ消えてしまっのだろうか。



10. “大空で抱きしめて”



アルバムの中でも比較的ポップなナンバー。

これも曲順の妙で終盤で、このくらいのトーンの曲が来てくれると、気持ちが少し落ち着く。

駅で空に想いを馳せる私と空にいる僕。
夢や空の上でしか会えない二人は、同じ気持ちを抱いている。

傷ついたのはお互い様だから
四の五の言わずに抱き寄せて

"Too Proud featuring Jevon"では「傷つくことを畏れ、隣にいるのに抱き合わない二人」を描いていた。そのまさに対極に位置するかのような二人がここで描かれる。

ワガママで欲張りで、だけど会えない二人。ポップな曲に載せて歌われるその情景に、思わず切ない気持ちにもなる。


11. “夕凪“



インタビューでも言われているが、前作の"人魚"の続編となる位置付けとなる曲。

"人魚"においては「黄昏」という言葉があったが、その地続きとして「夕凪」となる。夕方、間もなく迎える夜。それは人生に重ねられている。

《いつかは終わります》
《変わらぬ法則によります》
《今にも終わります》
《何処かへ向かいます》

サビの三行目に並ぶ言葉たち。ですます調なこともあって、それこそが真理であると説いているようにも響く。

いつか必ず訪れる終わり。しかし"大空で抱きしめて"の二人はそうすることで、再び出会えて抱き合えるということでもないだろうか。



12. “嫉妬されるべき人生”



ラストトラック。

最後の最後にとてつもない曲が来たものだ。

歌詞というのは、短い言葉たちの中に、様々な人生を込める。それは自分の人生を表しているかもしれないし、誰でもないかもしれない、誰でもあるかもしれない。

どれほど行間に想いを込められるか、それは歌詞を書く人間によって様々だ。

"嫉妬されるべき人生"を聴いて感じること。

今日が人生最後の日でも
五十年後でも あなたに出会えて
誰よりも幸せな人生だったと
嫉妬されるべき人生だったと

この言葉だけでも、そこに流れる壮大な時間、生まれた感情たちが、どれだけ想像できるだろう。

"大空で抱きしめて"、"夕凪"からの流れを汲めば、死によって終わりを迎えること、それは終わりであり、始まりでもある。

それは"初恋"のテーマでもあり、アルバム「初恋」のテーマである。
幾重もの出会いと喪失を描き、全てを飲み込んでしまう。

それは、前作でも描かれた「喪失」をも抱きしめて肯定してしまう。

この曲の、このアルバムの言葉に嫉妬してしまうこと、それこそがまさに狙いにまんまとハマってしまったようで、悔しくも喜びが溢れて止まらない。


聴けば聴くほどレイヤーが深まって、聴く度に何かに繋がっていく。

「初恋」とはそんなアルバムだ。


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