2018年12月29日土曜日

ポルノファンへハルカトミユキの歌詞と音楽をプレゼンさせてください







ゆとり世代は黙っていながら、心の奥に狼を宿している。


ポルノファンの中にもきっとハルカトミユキの音楽が響く人がいるはずだ。

実はブログをやってる目的の1つがそれなのである。

ハルカトミユキは度々名前を出すので見覚えあるという人もそれなりにいると思う。そうやって名前を刷り込ませていくことが目的であるので、見覚えあるなら企みが成功にあると言える。

ブログを通じて、ポルノグラフィティのファンの方たちには歌詞や言葉を大切に受け止めてくれるというのがわかった今、あらためてハルカトミユキというアーティストを紹介したい。

紹介するからといって、好きになってくれというわけではない。
そもそも音楽とはなかなか薦められて好きになるというものではないからだ。しかも「流行ってる」からとかそういう理由で聴かれるようなアーティストではない。

それでも、好き嫌いではなく、こんな言葉たちが必要だった、という方がきっといるはずなのだ。
それが伝われば幸いなので、できれば目を通して、聴いてもらいたい。そして、この記事がより多くの人に届けばと思う。



2018年12月25日火曜日

ブログ「飴玉の街」2018年回顧録 1年を記事で振り返ってみよう








先日アップした「UNFADED」のライヴレポで、ほぼ燃え尽きてボロ雑巾のようになった僕である。

もう今年書かないと思いながら、ネタバレの件をどうしても言葉にしときたくて書いたし、思いついたことのメモを残したりしてて、多かれ少なかれ結局書かない日がない。

ブログを2年半以上やってきて、まだこんなに書くことあるのか、と自分で驚くばかりだ。

2018年という年、本当に多くの方に読んでいただいた。先日とうとう1日としては最高のPV数になったほど。本当にありがとうございます。

売れてるブログに比べれば微々たるものだが、こんなポンコツの人間のブログが、色々な人に読まれていると思うと、もはや他人事のように「凄いなぁ」と思ってしまう。

ということで、少し2018年を記事で振り返っておきたいと思う。少し前にポルノグラフィティの2018年を振り返るという記事を書いたが、そこからあまりに色々なことがありすぎて、時期早々だったと反省した。


ということで、おそらく今年最後の更新になると思うのでよろしくお願いします。
と、書きつつ本当にそうなるかは、まだ分からない。


個人的に好きな記事とか反響の大きかった記事を紹介していければと思う。もちろんポルノに限らず、全部が対象。もちろん割合はポルノ多めになりますが。



2018年12月22日土曜日

ライヴのネタバレ問題 一番悲しむのは誰か、考えてみませんか








※記事中にはネタバレありません


ツアーが始まると、毎回のように上るのが「ネタバレ」の問題。見ていて毎度、激論になりつつも、僕は大体後半以降に参戦することが多いので、どちらかといえば「ネタバレ避けまくる生活」を送ることが多い。

ポルノグラフィティの新たなツアー「UNFADED」がスタートした。


今回、僕はツアー初日に参戦をした。

なんて楽なんだと思った。ようやくネタバレを気にして生きていかなくていい。すべてが疑心暗鬼になる生活をしなくていい、という生活になる。と思っていたのだ。

しかし、ツアー後半の横浜アリーナに参戦予定なので、もしこの先セットリストに変更があるとすれば、と考えると、結局ネタバレを避ける生活になった。

僕の話はさておき、この問題ってずっと平行線なんだよな、と思う。

そんなことを、つらつらと。


2018年12月21日金曜日

「UNFADED」ツアーとは何だったのか 完全ネタバレで徹底的に考察する








以下にはポルノグラフィティ16thライヴサーキット「UNFADED」のセットリスト考察を書いていく。

当然ながら、ネタバレである。
ネタバレ内容は静岡エコパアリーナの初日を見てのもの、のみである。


【ライヴレポ】UNFADED静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 前編
【ライヴレポ】UNFADED静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 後編



ライヴの内容については、別途記事にて嫌というほど長く書いているので、そちらを参照いただきたい。ライヴレポ前後編、そしてこの考察記事をもって、合計およそ25000字ほどになる。

僕はちょくちょく字数のことに触れるが、それは自慢でもないし、凄いと言わせたいがためでない(そもそも本当に文章が巧いならもっと要点を押さえて短い)。なぜかというと、戒めているのだ。「お前は頭がおかしい」と、自分自身に向かって。

こういうことを書いてるから進まないのである。


さて、ツアーが始まったばかりで何だが、テーマを徹底的に掘り下げたい。

参戦された方は、ツアータイトルの問い掛けになんと答えるだろうか。

ある意味、今年の集大成として、そしてポルノグラフィティと出会ってから人生を拗らせ続けてきた男の全てを、今ここに記そう。


※以下ツアーのネタバレを含む
※妖怪「つなげたがーり」のせいでセットリストにない曲まで大量に例に出してます
※あくまでも個人の考察、妄想、空想、幻想、思い込み、こじつけに基づくものである


2018年12月20日木曜日

【ライヴレポ】UNFADED静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 後編








前編に引き続きライヴレポを書いていこう。

【ライヴレポ】UNFADED静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 前編

前編だけで9000字を越えた。しかも削ってである。
もう前編だけでお腹いっぱいなのではないだろうか。もちろん僕は、それを分かっている。ちゃんと配慮しよう。

なので、後編は短く7500字くらいしかないので安心して欲しい。

ちなみにその後編の後に、ライヴのテーマ考察記事があるのだから、我ながら頭がおかしいと思う。

しかし、それほどのものを受け取ってしまったのだ。

ということで、ここからライヴレポ後編に移る。

どうしても2018年にこれを書きたかったことも含め、少しずつ書いていきたい。最後にセットリストを記載する。


【ライヴレポ】ポルノグラフィティ 16th ライヴサーキット 「UNFADED」
静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 後編



※以下、ネタバレ



2018年12月19日水曜日

【ライヴレポ】UNFADED静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 前編







人は幸せな瞬間がいつまでも続けぱいいと願う生き物である。


以下にはポルノグラフィティ16thライヴサーキット「UNFADED」初日にあたる静岡エコパアリーナのネタバレを含む。

ツアー中のネタバレに関してはネットにはなるべく書かないようにしなければならないが、見て受けた印象を少しでも新鮮なうちに残しておきたいと思い、ここに記すことにする。


今一度、これからツアーに臨む方は、読むのをここまでにしていただきたい。

なおいつも通りポンコツ頭には覚えきれないほど多くのものを残したツアーだったので、終わってからひたすら書き残した単語とかのメモを元にポンコツなりに書いていくので、順番とかニュアンスが違うものは沢山あると思うのでご了承いただきたい。


では、始めよう。


【ライヴレポ】ポルノグラフィティ 16th ライヴサーキット 「UNFADED」
静岡エコパアリーナ Day.1 完全ネタバレ感想 前編



※以下、ネタバレ



2018年12月17日月曜日

最後にはポルノグラフィティに帰ってきてしまう







ポルノグラフィティをキッカケに、当時中学生だった僕は音楽に目覚めた。

ポルノグラフィティはもちろんのこと、音楽そのものにのめり込むようにハマり、その情熱は衰えることなく、むしろ増したかのように、今に至る。

ポルノグラフィティに出逢って、早18年以上が経とうとしている。



2018年12月12日水曜日

おいでよサンタモニカ(instrumental)を歌詞がないのに歌詞解釈します







このブログでは誰に強制された訳でもないのに「ポルノグラフィティの曲をシャッフル再生し、最初に出た曲の歌詞解釈を書く」ということをしている。

これまでの結果。


① Hey Mama
② 稲妻サンダー99


嘘だと思うだろうが本当である。
こんなこと狙ってやる余裕はない。


しかし!


今回、実は前と異なっているポイントがある。

前回とiPod touchの本体が違うのだ。
さすがにあの先代iPodの頭が弱いだけであったと思う。

新しいiPodなら運命は、きっと変わる。

そう、三度目の正直というやつだ。

では、運命の抽選である。






頭おかしいんじゃないか。

もはや、悪気を通り越して悪意しか感じない。
これだけは云いたいが、ネタとしてわざとやってるわけではない。間違いなく本気である。


猫も走るほど忙しいこんな年末に、狙ってやるほど暇ではない。いや、書いてる時点で十分暇人だが。


二度あることは三度ある、とでもいうのだろうか。

というか"稲妻サンダー99"の二番煎じになるから本当にやりたくないんだけど



Mr.Childrenの"Your Song"はなぜ希望の歌なのか






音楽はなぜ『希望』なのかということを考えた。

そして、最近最も希望を感じた曲はなんだろうと考えた時に浮かんだのがMr.Childrenの"Your Song"であった。

なぜそう思えたのか書いてみたい。


Mr.Childrenの"Your Song"はなぜ希望の歌なのか



2018年12月11日火曜日

メリッサの道化師は月に憑かれたピエロだったのではいか







ふとある時にNHK Eテレを見た。

番組は「ダイアモンド博士の“ヒトの秘密”」というもので、テーマは『第10回「集団虐殺はなくせるのか」』というもの。金曜の21時に地上波でやるかというテーマでありながら、物凄く面白くて思わず見入ってしまった。

後ろ半分しか見れなかったが地上波の番組を見ることがあまりないので、こういう偶然には感謝するしかない。

30分の番組が終わり、そのまま次の番組に「ららら♪クラシック」という番組をやっていた。これがまた興味深いものであった。




テーマは「月の名曲集」。月の名曲が多いポルノグラフィティを愛するものとして、見るしかないではないか。

そこで"メリッサ"について、個人的に興味深い見解を得たので共有したい。なお「共有したい」と書くとネットの意識高いプロブロガーっぽくなるのでオススメである。僕は二度と使わない。

シェーンベルクの"月に憑かれたピエロ"を知らない人も多いかと思うが、僕も初めて知ったのであまり構えずのんびり読んでいただきたい。


石持浅海『二千回の殺人』(旧題『凪の司祭』) ネタバレ感想






文庫で石持浅海『二千回の殺人』を読了した。

本はそれなりに読んでいるものの、感想を書くことはあまりなかった。

これも内容が内容なので、実はそこまでどうしても人に薦めたいというわけではないのだが、あまりに評価が芳しくようだ。
内容に対して言いたいことは分かる。しかし、それでも僕は考えてしまう部分があり、今回筆を取る事にした。

あらすじ後、読んでない方向けにネタバレなしの感想を書き、その後読んだ方向けにネタバレありの感想を書きたい。

石持浅海『二千回の殺人』
(旧題『凪の司祭』) 感想








2018年12月9日日曜日

【ネタバレ感想 】映画「ボヘミアン・ラプソディ」歌と歌詞から見るQueenの軌跡







音楽はなぜ希望なのか。


最近あげた記事のテーマである。
そこで自分の中でひとつの答えを示したのだけど、そのまさに直後に、トドメになるような希望を見た。


それこそが話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」である。


映画「ボヘミアン・ラプソディ」ネタバレ感想
歌と歌詞から見るQueenの軌跡



2018年12月7日金曜日

【UNFADED開幕直前】ポルノグラフィティは、過去のバンドじゃない







新藤晴一の言葉の中で印象に残ってるものがある。

「現役のバンドとして、ライヴでは新しい曲もやっていかなければ意味がない」

その言葉と最近のポルノグラフィティについて書きたい。

できれば、昔のポルノグラフィティしか知らないという方にまで届けばいいと思う。



音楽コラム「音楽はなぜ「希望」なのか」31才児が考えた答えはこちら







タイトルを書いて深く溜め息をついた。

僕のようなミジンコのような生活を送っている人間が扱うには、あまりに壮大なテーマだ。

7歳児が数学のミレニアム懸賞問題解くようなものだ。

あ、いたわ。









それはさておき「人はなぜ音楽に感動するのか」というテーマについて、考えてみたい。


なぜ唐突にこんなテーマを考えたかというと、ロッキングオンの編集長である山崎洋一郎氏のコラムに音楽はなぜ「希望」なのかというタイトルを見たからである。

どんな内容か読む前に、自分でも考えてみようと思った。

なぜなら、僕にとって音楽とは『希望』であるからだ。


2018年12月5日水曜日

"朱いオレンジ"と"愛なき…"は精神的双子ではないか








ポルノグラフィティの楽曲"朱いオレンジ"について考えていた。

それは、亀のように進む全アルバムレビューで、ようやく「WORLDILLIA」に取りかかっているからである。
※先日アップしました

ポルノ全アルバムレビュー4th「WORLDILLIA」

"朱いオレンジ"について考えて歌詞と向き合った時に、"愛なき…"と通じるものを感じた。もちろん、同じ人間が歌詞を書いているのだから、通ずるものがあっても不思議ではない。

しかし、全アルバムレビューでやってしまうと、あまりにマニアックだし、長くなってしまうので、記事を書くことにした。こういうことをしてるから進まないのである。

それが色々なものに繋がってしまったので、少し長いがお付き合いいただきたい。


2018年12月4日火曜日

正直、コース料理って翌日何食べたか忘れる








タイトルの通りである。

と言いつつも、何を言いたいんだお前はお前がアホなだけだろう、とお思いになるだろうが、その通りである。

たとえば結婚式に参列したとする。

披露宴では様々な料理がコースとして振る舞われる。

前菜からデザートまで1品1品、こだわりのメニューが並ぶのだ。

そんな料理だが、その場その場で美味しく味わって食べても、翌日にはどんな料理を食べたのか覚えていない。
メニュー表を見ても、「ブリニ」って何だ?頭を巡らせても、ブリニが何か思い出せない。

美味しかったはずのブリニが頭から欠落する。

僕がシェフだったら、こんなポンコツは排水口に捨てた人参の切れ端でも喰わせた方がマシだと思うだろう。


というか絶対ぶっ飛ばしたいと思う。


手間ひま掛けられた料理たちが、なぜ思い出せないのだろうか。

想像するに人間はどれほどの数感動しても、ひとつの大きな感動の前には霞んでしまうのではないだろうか。

僕はブルジョワな生活をしているので、コース料理に接する機会はある。

たとえば、先日もサイゼリヤという高級イタリアンレストランでサラダからドリアにいき、ティラミスで締める完璧なコースを味わった。

寝言はさておき。コース料理を食べるとしたら結婚式や誕生日、クリスマスなど何かしらのイベントがある場合が多い。

そうした時には、食事よりもイベントやお祝いが優先される。
なので、料理が主役とならないのだ。


これが日常繰り返される日々の食事であれば、何を食べるかが本題となり中心に据えられる。

自ら選び注文して食べたものなので、印象に残る可能性は高い。

思い返してみる。








シチュエーションが優先される時には「あそこのレストラン素敵だった」という記憶、食事に行って美味しいものに当たると「あれ美味しかったよね」という会話になる。

そう考えると、お祝いや友人たちと集まるという目的の結婚式で、料理の印象が後回しになってしまうのは、決しておかしくないではないか。


人間の感動の数には限界がある、という説を高らかに唱えたい。


そうはいっても他にも理由がありそうなので、それを踏まえてあらためて原因を考えてみた。


ポンコツだから
アホだから
味オンチだから
酒飲み過ぎ


おかしい。どれも心当たりがある。

思えばポンコツすぎてメニュー名が長いと覚えられない。「ミラノ風ドリア」が限界ギリギリである。

たとえば「ブルターニュ産 オマール海老のコンソメゼリー寄せ キャヴィアと滑らかなカリフラワーのムースリーヌ」のように「食材+調理方法+ソース」みたいな組み合わせがポンコツの僕に覚えられるわけないだろう。

「海老のゼリー キャビアとクリームで食え」みたいな方が分かりやすい。

そうした料理、馴染みのない調理方法やソース名が並ぶのでお手上げである。

文句があるならフェンダーのギター並べて片っ端から機種名答えてもらう。


味オンチも然り。味の受け止め方に対して「美味い」「甘い」「うめぇ」「肉!」くらいしか語彙がない。なので、ちょっと凝ったソースなど、頭が理解に追い付かない。

ということで、料理をしている方には本当に申し訳ない食べ方をしているという懺悔の念を込めてここに記してきた。

こんなポンコツのために、丹精込めて料理を作っていただいて、本当にすみません。美味しかったです。


これからは、ちゃんとブリニを噛みしめて味わいます。


SVB東京で新藤晴一考案オリジナルビール「THE BAY」を呑んだのでレポする
【疑問】アーティストグッズの缶バッジってどうしてますか?
吉野家の牛丼の味が変わったという話



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2018年12月2日日曜日

ポルノ全アルバムレビュー4th「WORLDILLIA」








亀の歩みでお馴染みのこのシリーズ。ようやく4thアルバムに取り掛かる。

せっかく全曲配信も始まったので、ポルノを聴く人が増えた今、なるべく書いていかねば。


ポルノグラフィティ全アルバムレビュー
4th「WORLDILLIA」



2018年12月1日土曜日

酒とポカリの相性 居酒屋にポカリスエットが置いてない理由






※この記事は過去記事に加筆修正を加えたものです。


年の瀬になり、忘年会シーズンである。

前に友人と宅飲みすべく、スーパーに買い出しに行ったのだけど、その時にこんなポップが出ていた。


「お酒を飲むときこそ、ポカリスエット」


見て驚いた。
なぜなら、聞いたことないだろうか。

アルコールを呑んでポカリスエットを飲むと酔いが回るからダメだと

ということで、アルコールで生きているような僕として見逃せないので、お酒と脱水の仕組みについて調べてた。



2018年11月28日水曜日

音楽で食べていけない時代に若手バンドは成功を夢見れるか








常々感じている疑問である。それは


今の若手バンドは何をモチベーションに音楽に打ち込んでいるんだろう


というものでる。

それこそが今回のテーマだ。





バンドマンという種族




バンドという生き物。

たとえば昔であれば、粗暴だけどひとたびステージに上がればスタジアムを揺らすみたいな人達のことだろう。

ライヴが終われば浴びるほど酒飲んで、「お薬」を摂取して2~3人の女を引っ掛けて、名前も知らない彼女たちと一晩を明かし翌日には次の土地へ。


極論すぎる。いつの時代の話だっていう。


まぁそこまではいかないにしても、昔のロックンローラーといえばホテルの部屋爆破したり部屋からテレビ投げたり、ロールスロイスで自宅のプールに飛び込んだりしたもんだ。


どこのキース・ムーンだ。


とにかくまぁ、ロッカーとして売れることは一つの巨大な夢だったはずだ。ヒット曲を出せばアリーナが埋まり、もう一曲当てればスタジアムが埋まる。

たとえばポルノグラフィティはロックに夢を見れた時代に育ち、ギリギリ音楽(CD)が売れた時代を経ている。
00年代後半以降のミュージシャンにとっては、CDを売るということは、至難の業と呼べる時代だ。


そんなを夢見てロッカーを目指した少年がどれだけいただろう。

それと比べると今のバンドマンは、真面目だ。

まぁ上記の数々の奇行が良いかと云えば、人間としては遥かに間違っているのだが。


今ホテルの部屋からテレビ投げても、精々Twitterを一瞬湧かして終わりだろう。

現代のミュージシャンはさすがにそんなことしない。大学出てるバンドマンばかりだしね。
ミュージシャンがワーキングクラスから這い上がる時代は終わったのだ。きっと。おそらくオアシスが最後だったのではと思っている。

頭のいい真面目なミュージシャンが増えたのだ。
その証拠にくるりやアジカンのせいでバンドマンのメガネ率も増えてきている。とりあえずメガネかけてれば真面目とする。

サングラスかけてたらアルフィーの桜井賢である。


それもそのはずなのだ。

たとえば僕の世代から少し後くらいだとバンドマンの憧れとなっているバンドは、BUMP OF CHICKENやELLEGARDENなのだ。

もうすでにロックというものがクリーンなイメージとなっている。藤原基央に憧れることが健全かどうかは今は置いておこう。

好きです、バンプ。











今のバンドマンは何を目指すのか




ということで、今はみんな真面目なのでかつてのロッカーになど憧れることはない。

じゃあ、現代のバンドマンは何に憧れて何を目指しているのだろう。

なんか批判的に聞こえると思うけれど、決して今のバンドを否定したいわけじゃない。


CDは売れない、趣味が細分化されてヒット曲もそうそう生まれない。きゃりーぱみゅぱみゅと別れる。踏んだりけったりだ。ライヴやフェスくらいしかない。

純粋にバンドとして音楽を楽しんでいるのだろうか。副業ならいいけどそれだけでは食べてはいけるもんじゃないだろう。少なくとも今の時代に音楽で成功してやろうなんて野望を抱くバンドマンは、確実に減ってきているはずである。


もちろん売れたいと懸命になってるバンドマンもたくさんいる。サカナクションとかめちゃくちゃ貪欲である。
それでもアルバムでミリオン目指すなんて今じゃ夢物語である。

明日には壊れてしまうようなロッカーの破天荒さに憧れを抱けた時代とはもう違う。

バンドマンの見据えてる未来には何が映っているのだろう。


しかし。そこではたと気づいた

現代のミュージシャンは、音楽の売れない時代でさえ、それでも音楽をやっていこうとするような人間たちなのだ。

ロックである。

もはやこれは相当モチベーションが高くないとできないではないか。

そうは言っても全てのミュージシャンが成功を夢見ているわけではないだろう。
趣味の延長のように、バイトや仕事と掛け持ちしながら活動するミュージシャンもいることだろう。

しかし、この時代"だからこそ"音楽を選んだ人たちを称えるべきなのだ。


普通のサラリーマンをしている僕は、憧れてしまう。
自分にはもうできない生活だからだ。

音楽を愛して奏でる人が報われる世界になりますように。


【映画】オアシス:スーパーソニック あらすじ&ネタバレ感想
ノエル・ギャラガー暴言集「俺の眉毛はどこまでも自由でワイルドなのさ」
ミュージシャンの名言・暴言集まとめ part.1


インディーズのバンドマンってどういう採算で生活しているの?
SUPERCAR(スーパーカー)というか、いしわたり淳治の好きな歌詞まとめ



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2018年11月25日日曜日

病的ファンが選ぶ「ポルノグラフィティ 歌詞 いい曲」12選







ちょっと調べものをしようと検索画面に「ポルノグラフィティ」と打ち込んだ。

そうするとサジェストが出て、その中にタイトルの検索項目が出てきた。

このブログでは当初の機材紹介なんて目的も忘れ、散々ポルノグラフィティの歌詞について、書いてきた。

しかし、あらためて考えるとかなりファン向けのものが多い。
1曲について深く考えることも、好きなフレーズを考えることも。

もちろん好きなフレーズを書くことも「歌詞がいい曲」を選ぶ要素の1つではあるが、あれはあくまでも僕個人が好きでたまらないフレーズを紹介するというものだ。そことはちょっと違う目線で書いてみたい。


なぜポルノグラフィティの歌詞は素晴らしいのか、「情景描写が素晴らしい曲」「比喩表現が素晴らしい曲」に分けて考えてみよう。

シングルだけに搾ろうかと思ったが、全曲配信もしているということで、特に搾らないことにした。

歌詞で曲が気になった方は是非聴いて欲しい。


病的ファンが選ぶ「ポルノグラフィティ 歌詞 いい曲」12選




2018年11月22日木曜日

フラワーの歌詞について本気出して考えてみた~映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」主題歌








ポルノグラフィティの新曲"フラワー"がカフェイン11でフルオンエアされた。

今年リリースされたシングルはどれも、初オンエアになって発売なり、配信なりしたらひたすら気が狂ったように聴いていた。

今回も"カフェイン11"を録音して、何回も聴き返していたけれど、いつものとは違っていた。

軽い気持ちでリピートできない。
それほど受け止めるものが多く、大きすぎて、聴くには覚悟が必要な気持ちになってしまう。

なぜそんな気持ちになるのか、覚悟して何度も聴いて、曲と向き合って自分なりの答えを出すのに時間を要した。

それでも、少しでも掴んだ気持ちを今の自分としてここに記したい。おそらくこれから先の人生で、聴く度に印象も捉え方も変わっていくことだろう。


※記事中で「障害者」という言葉を使うが「障がい者」ではなく、あえてこの表記を使うのは原作小説に倣ってである
※映画はこれから公開なので原作のネタバレになりそうな箇所は書かないでおく



ポルノグラフィティ"フラワー"歌詞解釈
映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」主題歌






高橋優が歌ってきたリアルタイムの時代といつかくる未来







このブログではちょいちょい触れるテーマであるが「今の時代に音楽を創ること」「音楽の時代を切り取る役割」ということについて、1つ印象に残っている言葉がある。

それは高橋優の言葉だ。


「昔書いた曲を今歌っても当時と同じように響く」


出典を失念してしまったし、朧な記憶を頼りに書いているのでニュアンスは多少違うだろうが、意味合いは捉えているはずだ。

高橋優はデビュー当初より「リアルタイム・シンガーソングライター」として「今日思ったことを今日歌う」アーティストで在り続けている。


楽曲に社会性を持たせることについて、そして人間についてを歌い続けてきた。

そんな高橋優の、その言葉の意味を見ていきたい。


2018年11月21日水曜日

わかったよ。ポルノのドームライヴで俺がDJ警備員やればいいんだろ?





めざましテレビで取り上げられていたのだが「ラブライブ!サンシャイン!!」の声優達によるAqoursの東京ドーム公演で、誘導の警備員がAqoursの楽曲に因んだアナウンスをして話題となっていたらしい。イエモンの時も同じようなアナウンスが話題になってて、そっちは知っている。


今になって「絶対!運命!黙示録!」している人間なので、「ラブライブ」について知っている知識の全てが「女の子たちが歌って踊っている」しかない。
だが友人(横浜住み)がコンビニ感覚で沼津行く程好きだったり、ポルノファンで両方好きという人が多いので話題はよく見かける。

そんな状態だが、なぜ僕がこの話題に注目したかといえば、僕は昔東京ドームの誘導バイトやったことがあるからである。

そして、やってた警備員の人も見覚えあるような気がする……

つまり、僕なら成れるのだ、ポルノグラフィティ 東京ドーム公演のDJ警備員に。


ということで、話題になっていたというDJ警備員のように、僕もポルノグラフィティファンに向けたアナウンスをしようじゃないか。経験とDJ警備員の内容を元に考えた。

まぁ、といっても僕はアナウンスしたことないが。
※警備員の服はバイトで上のランクなのでベテランくらいやってる人



2018年11月20日火曜日

Mr.Children"フェイク"の歌詞における"嘘"と"本当"について








Mr.Childrenのシングル"フェイク"が好きだ。

ということで、この曲がいかに優れているかを語らせてもらいたい。






Mr.Children"フェイク"の歌詞の意味を徹底解釈




2018年11月19日月曜日

AmazonのCM風にポルノグラフィティの曲をレビューする







AmazonのCMで○○だったけど△△を買ったらとても喜んで貰えましたというテイストのものが流れている。

たとえば小麦アレルギーの子にグルテンフリーの米粉のパンを作ってあげたら喜んでくれた、というように。






素晴らしい、大変素晴らしい。

レビューとは本来こうあるべきで、ユーザーとしてその商品を手にしたことで得たものを書くべきである。

しかしながら世の中には、本当に役立つレビューは少ない。
少なくとも食べログの書いてることが為になったことはないし、件のAmazonのレビューも現実では「配達で箱に傷がついていたので☆1つです」みたいなのばかりである。

ましてや「ギター買いました!新藤晴一のせいでギターをこんなに買ってしまった。人生を壊したのはお前だ。ありがとう」みたいなものは愚の骨頂、大痴なことである。もちろん僕のことだ。

ということで、僕もそんなレビューを書きたいと思い、ポルノグラフィティの楽曲でやってみようと思い立った。書く内容は全てもちろんフィクションなので、それを踏まえて読んでいただきたい。


2018年11月18日日曜日

フラワー配信決定記念 ポルノグラフィティの歌詞に登場する花を振り返ろう







ポルノグラフィティの新曲"フラワー"が配信販売される。

先日カフェイン11でフルオンエアされて、感想を書き始めたが、なかでポルノグラフィティが今まで曲に登場させた花を振り返ろうと思った。

しかし、考えるとそれだけでかなり長くなってしまうので、先に振り返るという意味でも別の記事にしてまとめることにした。

ポルノグラフィティが花に込めてきた想いをここに見ていこう。
本物の花や抽象的な意味で使われる花もあるが、思い付く限り紹介される。ちなみに「花火」と「火花」と「はなむけ」辺りはキリがなくなるので外している。また最後にも触れるがなるべく多く曲を出したが見落としだったりもあるかもしれないが、全曲挙げることが目的ではないので、ご了承いただきたい。


2018年11月17日土曜日

【映画マナー】桜井和寿vsグリズリー同時上映ハリーポッターとヒグマの工藤







映画館に映画を観に行くということ。

それは、映画館という映画を見るために完成された空間で、最大限に映画を楽しむということだ。

誰しもが映画を楽しみたいがためにそこに行く。

はずなのだが、どういうわけか観に行って、明らかにマナーがおかしい人がいる。
毎回のように。

そんな人々と、僕が高校時代に映画を一緒に観に行って「コイツとは二度と映画を観に行くことはないだろう」と思わされたマナー違反全乗せ男「工藤」を紹介しよう。




マナー




まず声を大にして言っておかなければならない。


僕だって小言のようにマナーがマナーが言いたいわけではない。


しかし、世の中には明らかに目に余るマナーを逸脱した行為があるのだ。
それは終電間際の中央線くらい無法地帯だし、朝の通勤時間帯に座席に横になって寝ているホスト崩れくらい無秩序だ。

またしても声を大にして言いたいのは、


「映画は一緒に観る観客次第で何倍にも面白くなるし、つまらなくもなる」


ということだ。

コメディ系の映画で笑うシーンで、ドッと笑い声が起こればそれにつられて自分も遠慮なく笑える(最近では「カメラを止めるな!」がそうだった)し、逆に泣けるようなヒューマンものの映画で会場からすすり泣く声が聞こえれば、堪えていた涙も零れるというもの。

では反対のケースはどうだろう。


前にも書いた記憶があるが、以前Mr.Childrenのドキュメンタリー映画「REFLECTION」を観に行った。







超満員の人気であり、辛うじて取れたのが、スクリーン最前列のセンターであった。
ライヴであれば狂喜乱舞してしまう席も、映画ではまた違ってしまう。

巨大な桜井和寿のアップを109分観ることとなった。

それはもとより、問題は横にきたオバサンである。確かに夕方からだったし、お腹が空くのも分かる。

でも、上映中に徐にビニール袋をガサガサと漁ってスーパーの惣菜入れるパックを取り出すのは、どうだ。ガサガサと書いたが、それでも生易しい。それは川で鮭を獲るために川面を叩くグリズリーの様相であった。


バリッバリ
ピリピリピリー
バリバリッバリー


とグリズリースーパーの惣菜を入れるパックを想像してもらいたい。普通に持っても五月蝿い代物である。それが桜井和寿の熱唱と最前列でぶつかり合うのだ。

僕はMr.Childrenの映画を観にきたのだ。
決して桜井和寿vsグリズリーを観に来たわけではない。

音楽の映画で音楽を妨げるというのは、もはや妨害ではないか。サッカーで乱入したフーリガンがゴールを決めるようなものである。

パックをガサゴソと漁ったグリズリーは、徐に割り箸(!)を割り、ムシャムシャとなにかを食べ始めた。

嫌でも匂いでわかる、唐揚げである。

家で唐揚げを食べながらミスチルを見ることはあっても、映画館でミスチル観ながら唐揚げ食べるのはどうだろう。


その後グリズリーは唐揚げをあっという間に平らげ、もうひとパックを開けて何らかのフライものを食べながら映画を観てゲップをして帰っていった。

グリズリーの突撃となりの晩御飯を見せられた後日、あらためて映画を観に行って感動しなおした。

そもそもマナーではなくて持ち込みはルール違反である。










マナー違反全乗せの男、工藤





高校時代に工藤という男がいた。


同じクラスの男で、見た目はヒグマのような男である。もしくはハグリットを思い浮かべて欲しい。
経緯は覚えてないが、ヒグマ工藤と映画「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」を観に行くことになった。







まず工藤は言った「吹き替えがいい!チケットは俺が取る!」。一切僕の意思は訊かれなかったが、まぁこれは良しとしよう。基本的には字幕派だが、吹き替えがいいという人間と、ヒグマだが、行くのにゴネるほどこだわっているわけではない。

そして吹き替えのハリー・ポッターを工藤が予約した。

スクリーン中央最前列である。
ライヴであれば狂喜乱舞してしまう席も、映画ではまた違ってしまう。

Mr.Childrenと同じような席であるが、決定的に違うのは観た劇場は、特に他の席が埋まってたわけではないということだ。というか、結構早めに予約したのだから、予約時には選び放題という状況である。

まぁ、それも仕方ない。
と思おうとしていたが、工藤自身が「観づらい」とボヤいたのだ。それも仕方ないと思う、ヒグマの工藤はあまり森から下りてこないので、里の映画館の座席がわからなかったのかもしれない。


しかし、それなら相談しろや。「俺が取るから大丈夫!」と言っていたではないか。


恋愛ものでもよく「大丈夫だから……」「大丈夫じゃないだろ?」と交わされる台詞のようくらい大丈夫ではない。

仕方ない。若干ハリーとロンをあの大きさで観るのは厳しいが、その分エマ・ワトソン(ハーマイオニー)をアップで観れるのだから、むしろプラスかもしれない。

いや、しかしハグリットのアップはどうだ。ただでさえ横にハグリットみたいなヒグマ男がいるのだ。
暑苦しいったらありゃしない。

その後もヒグマの工藤に「今の誰だっけ」と普通に話しかけられ、話すなという風に工藤を見ると、工藤は携帯を取り出して見始めた。もしかしたらヒグマだし、わからない日本語があるのかもしれないから仕方ない、わけないだろ。


工藤に限ったことではなく僕は映画館で携帯(現スマホ)を観る人間(とヒグマ)が許せないし、心の底から憎んでいる。

画面の明るさが目に入り映画に集中できないのだ。

いくらスマホに洗脳されている現代towsie、映画観てる間の2~3時間くらい我慢できないのか。もちろん時間確かめたいくらいつまらない映画だったのかもしれないが、普通にLINEとかしてるやつとか、なんなの。

本気で画面を女子大生のiPhoneくらいバリバリにしてやろうかと思う。


映画館で映画を観る良さのひとつが没入感である。たとえば「ミッション:インポッシブル」シリーズは画面に没入することで次々イーサン・ハント(トム・クルーズ)に訪れる危機を共有しながら進む。

そこにスマホの画面の光が入ると、没入感は一気に削がれてしまう。危機で焦ってるイーサン・ハントの手前でLINEの画面を見ることで緊張と恐怖は失われる。ちなみにその緊張は横のグリズリーに自分まで捕食されることの恐怖ではない。


話を工藤に戻そう。

ハリーのとんでもないアップで度肝を抜かれながら映画は終わり、エンドロールである。

ここで好みが分かれるだろうが、僕は絶対映画は最後まで観るというポリシーで生きている。かといって、それを無理強いはしない。確かに最近の映画のエンドロールは長すぎる。ましてや大作となれば、関わるスタッフの人数は膨大になり、軽くゲシュタルト崩壊を起こしそうになるくらい長い。

だから別に見ないなら構わないし、黙って先に出ててくれればいい。だから工藤、「えーもう出ようよー」と俺にゴネるな。お化け屋敷に入った彼女かお前は。なぜヒグマに急かされなければならないのだ。

結局工藤が五月蝿いため、僕はそのまま映画館を出た。人生でエンドロールで出たのはこれきりである。トイレ行きたくても「漏らしてもやむなし」と思ってまで観てたのに(※良い子は真似しないように)。

映画館は誰と言っても楽しめる場所だ。
それは、誰しもが観ている時は1人、孤独だからだ。

それは人生にも似ているかもしれない。

孤独になり画面の向こうの人物に人生を重ねる。
観客はそれを同じ場所で共通の体験をする。


だからこそ人はより感動するのだ。


途中入場やトイレなどで中座するのはやむを得ない事情かもしれないので仕方ない。でも少なくともスマホについては、上映中に見る必要ないだろう。もし緊急の報せが入るというなら、映画観てる場合じゃない、帰れ。

スマホの画面は見えなくても、その明かりは予想以上に目立つ。それが続くと映画館に行くのが億劫な気持ちになる。

それは映画という文化を破壊してくものだ。

そんなことにならないように、1人でも多くの人が楽しめる空間になればと願ってこの記事を終える。

ライヴと同じなのだ。


「ルールはないけどマナーはある」


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