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2025年1月6日月曜日

【ジャンケットバンク】ギャンブラー三角誉について【飛行機の男】







『ジャンケットバンク』の主任解任戦、その大将戦にあたるワンヘッド決戦。 

 真経津晨の対戦相手となるギャンブラーの名前が遂に最新169話で明らかになった。

三角 誉 (みかど ほまれ)

名前こそ明らかになったものの、いまだ謎多きこの男。

現時点でわかる範囲で予想してみよう。

といっても情報が限られているので「調べました! よくわかりませんでした!いかがでしたか?」的な記事になるんだけども。わかってる範囲で。

年明けまで本誌更新もないことだし(とか言ってる間に年越し……)

※単行本未収録の169話までのネタバレを含みます


2024年11月12日火曜日

【ネタバレ感想】「デッドマンズ・キャンドルライト編」ジャンケットバンク感想







本記事はジャンケットバンク「デッドマンズ・キャンドルライト編」のネタバレ感想である。

結末まで触れているので、単行本派の方や未読勢はご注意を。

本誌が朔主任多忙のせいで3週休みということになったので、のんびり書いていこう。

自分が無堂会長だったら「要君、私です。ふと思ったんだが、私はジャンケットバンクを毎週読みたい」と言っていただろう。

しかしながら現実的に、あの量のイベントグッズのカラー描き下ろしやったら、田中先生そりゃキツイわなと思う。ご自愛ください。
要君はデアゴスティーニでいいので。


2024年6月1日土曜日

【150話までネタバレ含】ジャンケットバンク展開予想「獅子神さん負けんじゃね?」







150話までを踏まえ『ジャンケットバンク』の今後の展開を予想してみたい。

本当は「ピーキー・ピッグ・パレス編」の感想に続けたかったが、長くなりすぎるのと予想記事は今ワイワイ楽しむ前提の内容になるので独立した記事にすることにした。

是非ピーキー・ピッグ・パレスの記事も読んでいただければ幸いだ。

そこの最後でも書いたけど、僕は獅子神さんは
負けると思います。

※150話までのネタバレ含みますのでご注意を
※あくまでも予想であり妄想です


2024年5月29日水曜日

【ネタバレ感想】「ピーキー・ピッグ・パレス編」ジャンケットバンク感想







ヤングジャンプ&ジャンプ+で連載中の『ジャンケットバンク』

「ピーキー・ピッグ・パレス編」が最高だった話。

現時点の最新話(150話)で完結した「ピーキー・ピッグ・パレス編」の感想を書いていきたい。

なお、このゲームの決着は6月発売の15巻より先の16巻になるはずなので、単行本派の方はご注意いただきたい。

ヤンジャン本誌組、この記事が出る頃に更新されているジャンプ+勢は読んでいただければ幸いだ。

ちなみにジャンプ+が更新される5/29は僕の誕生日なので、読んだら祝ってもらえれば幸いだ(強制)

ネタバレ全開でいってみよう。


2023年12月5日火曜日

【ジャンケットバンク考察】真経津 晨って何者?








──真経津晨とは何者なのか?


週刊ヤングジャンプおよびジャンプ+で連載中の『ジャンケットバンク』における最大の謎。

それは主人公である真経津晨の存在である。


「最高の遊び相手が見つかった時に 僕の人生は終わるんだ」


そんなことを公言し、過去が一切明かされないタンク型ギャンブラーの真経津辰について、3週休載の悲しみの間に考えてみたい。


この記事は基本的に13巻までのネタバレを含み、途中からコミック未収録の130話までのネタバレを含みますので、単行本派の方はご注意ください。
※触れるところには注意書きを入れておきます


2023年4月15日土曜日

【人生を歩み直せ】ジャンケットバンク「ザ・ショートホープ」名言10選




ようこそ、ダメ人間の巣窟へ


週刊ヤングジャンプで連載中のマンガ『ジャンケットバンク』。

その面白さに対して語る人が少なすぎる。
なので引き続き語らせてもらう。

今回はコミック7巻で繰り広げられるダメ人間博覧会「ザ・ショートホープ」を語りたい。

実はこの前に全体の名言集的な記事を書こうと思ったのだが、『ザ・ショートホープ』だけで一記事書かないと追い付けなくなりそうだったので、独立させた次第である。

では名言、名セリフと共に語っていこう。

※コミック7巻までのネタバレ含みます

2019年12月22日日曜日

【感想】ポルノグラフィティ 20th ANNIVERSARY SPECIAL BOOK







ポルノグラフィティの20周年を記念して発売されたSPECIAL BOOK。

その内容があまりに濃くてたまらなかったので、感想を書いておきたい。

受注生産だし、大体みんな届いてきているようなのでネタバレも何もないかもしれないけど、まだ読めてないという人もいると思うので、一応ネタバレ注意です。

読んでない人には一言しかないです。


読め、すごいから。



2019年5月22日水曜日

『ヒカルの碁』人気キャラ伊角慎一郎という男の魅力を今一度知らなければならない








好きなマンガは?という話になると必ず『ヒカルの碁』と答えることにしている。

もちろん『嘘喰い』もなのだが、『嘘喰い』は人生なので、好きなという区分では語れない。

『ヒカルの碁』は本当に素晴らしい。

もう連載も終わってかなり経つ作品だが、次の世代にもこの作品が受け継がれていって欲しいので、作品と伊角さんの魅力をプレゼンさせてもらう。

折しも夏に小畑健展があるそうなので、興味を持ったら是非見に行って欲しい。



【小畑健展開催記念】
『ヒカルの碁』人気キャラ伊角慎一郎という男の魅力を今一度知らなければならない




2019年4月15日月曜日

楠本まきが「ジェンダーバイアスのかかった漫画は滅びればいい」と言わなければならない世の中は滅びればいい







※敬称略

ここ数日、楠本まきのマンガ『ココハナ』のキャラクターが「ジェンダーバイアス※のかかった漫画は滅びればいい」と言ったことが物議を醸している。
※性別によって社会的・文化的役割の固定概念を持つこと。

といっても僕は忙しかったのもあり、それが話題になってることを知らなくて、間接的に知った。人と色々話したり、毎週見ている「山田玲司のヤングサンデー」でも取り上げられたことで、ここ数日ずっと考えている。

物議は楠本まきのインタビューによるもの。


内容を抜粋するが、できれば原文で全て読んでいただいた方が伝えたいメッセージがより分かりやすいと思う。



作家が無意識にジェンダーバイアスを投影している可能性がある
・それが次の世代にも影響を与えてまた新たな書き手によってジェンダーバイアスが受け継がれてしまうかもしれない
作者は無意識にやっているから気づかないかもしれない、だから編集によって食い止められるのでは
・タバコの表現のようにガイドラインを設けるべき
・ジェンダーバイアスのある表現を使うなら作家に理由を求め、編集が納得すれば採用、しなければ採用しない


この問題によって「表現の自由」が焦点になって様々な意見が飛び交っている。正直、記事ひとつで語れるほど単純な問題ではないし、答えの出せるものではない。

しかし、これから先の未来のために、こうしたことが考えられていかなければならないと思うからこそ、書いておくことにする。

賛否、様々な意見があると思う。それでも書いておきたいのは、誰が悪いとか、そういうことではない。


ジェンダー論が発端であるが、差別というテーマであることも踏まえて、それも含めた記事として読んでいただきたい。


2019年4月3日水曜日

【実写映画化決定】マンガ『嘘喰い』のオススメポイント・オススメギャンブルを徹底紹介したい








先日、今更ながらマンガ『嘘喰い』の最終巻の感想を書いたが、世の中にあまりに『嘘喰い』が届いてなさすぎる!と痛感しているので、あらためて知らない方向に紹介したいと思います。

確かにややこしい部分もありますが、それだけしっかりとしたストーリーということだし、1つ1つのギャンブル勝負は魅力的なので、一度全49巻を読んでみてはいかがでしょうか。

真面目さを出そうと久しぶりに"ですます"調にしましたがリズムが掴めません。



2019年2月27日水曜日

金田一37歳の事件簿 「歌島リゾート殺人事件」ネタバレ感想








「金田一少年の事件簿」が「金田一37歳の事件簿」となってカムバックした。

とりあえず最初の事件が終わったら、金田一ガチ勢として感想を書こうかと思い、今に至る。
※さらに迷った結果3巻まで出てしまった。


「金田一少年の事件簿」は僕の青春である。どう考えても人として間違っているとは思うが、世間でいまだに「名探偵行く先々で死体が現れる歩く死神※」が人気だし、探偵ものが好きと言ってもおかしくないだろう。
【No】英語禁止でポルノグラフィティを紹介する【English】参照

兎に角。そんな議論は不毛である。

まず、触りとして僕と金田一について触れておこう。



金田一37歳の事件簿 「歌島リゾート殺人事件」ネタバレ感想




2019年2月14日木曜日

嘘喰い「業の櫓」の珠当て勝負を超分かりやすく解説する







マンガ『嘘喰い』に登場するギャンブルで難解というものがいくつかある。

その中でも結構脱落者が多くいるギャンブルが「業の櫓(ごうのやぐら)」ではないだろうか。
19巻の終盤から始まり、24巻までの間続く長いギャンブルな上に、途中でSATと安謀との戦いや、鞍馬組やアイデアルの介入などが入るのでややこしいイメージがあるのだと思うが、実はそんなに難しい話ではないのではないかと思う。

解説しているサイトもあるが、詳しく丁寧に解説している分、分かりやすいけど分かりづらい部分があるように思えた。間違いなく、僕の知能指数マルコレベルだからである。

なので、アホだからこそ、なるべく分かりやすく簡単にまとめられるのではないか、と思って記事にすることにした。



嘘喰い 「業の櫓」の珠当て勝負を超分かりやすく解説する




2019年2月12日火曜日

内藤了『BURN 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』ネタバレ感想、本編完結記念 シリーズ総括感想







アメリカのドラマ「X-Files」が好きだった。
小学生の時に見て、その物語に年甲斐もなく打ちのめされて、レンタルして貪るように見ていた。

FBIのモルダーとスカリーが捜査するのは、ただの事件ではなく「オカルトめいた」事件である。宇宙人、モンスター、異常犯罪者、政府の陰謀などを相手に2人はいつまでも闘い続ける。

そんな自分だから内藤了『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』に惹かれたのは当然なのかもしれない。










途中からネタバレ入ってきますのでご注意を。



内藤了『BURN 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』ネタバレ感想




2019年1月15日火曜日

【感想】新藤晴一 ポルノグラフィティ (GUITAR MAGAZINE SPECIAL ARTIST SERIES)








読書感想文というものがある。

普通、一般常識的には小説などの文学作品を読んで、感想や作者の意図を探ろうとするものである。

しかし、中には雑誌の読書感想文があってもいいではないか。

ということで、遂に発売されたギターマガジンが出したムック本「新藤晴一 ポルノグラフィティ (GUITAR MAGAZINE SPECIAL ARTIST SERIES)」の感想文をここに記したい。

ギター好きはもちろん、そうでない人も読んで欲しい内容なので、是非一読いただきたい。


新藤晴一 ポルノグラフィティ (GUITAR MAGAZINE SPECIAL ARTIST SERIES)








2019年1月8日火曜日

映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」感想(ネタバレ無し、有り)





映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」を観てきた。
ということで、原作含めてネタバレ有無でそれぞれ感想を書こうと思う。

観た理由は云わずもがな、ポルノグラフィティが主題歌をつとめていたため。主題歌"フラワー"についても合わせて読んでいただければ幸いである。

そちらでも色々書いているので「高畑充希めっちゃ可愛い」「俺も◯※△×触りたい」だけで終わらせたいのだが、そうも行かないので書いていこう。


※原作表記に則り「障害」として漢字表記とする


こんな 夜更けにバナナかよ 愛しき実話
ネタバレ無し感想、ネタバレ有り感想




あらすじ




北海道の医学生・田中はボランティアとして、体が不自由な鹿野と知り合う。病院を飛び出し、自ら集めた大勢のボランティアや両親に支えられて風変わりな自立生活を送る鹿野。夜中に突然「バナナが食べたい!」と言い出すなど、いつも王様のような超ワガママぶりだが、自分自身に素直に生きる鹿野は、どこか憎めない愛される存在だった。ある日、鹿野は新人ボランティアの美咲に惚れ、彼女へのラブレターの代筆を田中に依頼するが、実は美咲は田中と付き合っていて…。奇妙な三角関係は、鹿野の主治医やベテランボランティアたちを巻き込んで大変な騒動に!しかし鹿野の病状は徐々に悪化、体はますます自由が利かなくなっていく。


監督 前田哲
出演 大泉洋、高畑充希、三浦春馬、萩原聖人、渡辺真起子、宇野祥平、韓英恵、竜雷太、綾戸智恵、佐藤浩市、原田美枝子
[上映時間:120分 ]



ネタバレ無し感想(観てない方向け)




ますばネタバレ無しの感想を。

見に行くか迷ってる人の助けになればいい。


小難しいことは置いておいて、まずは素晴らしい映画である、ということを書いておきたい。

障害者を描いた映画という時点である種、線を引いてしまうことも多いと思う。

そんな方のために、まず書いておきたい。「障害者」を描いた映画ということで最初に頭に浮かんだようなタイプの映画ではない。
なぜなら、僕自身がそういったタイプの話が苦手だからである。

確かに主人公の鹿野靖明は筋ジストロフィーを患う、要介護の重病患者である。しかし、その性格はワガママそのもの。それを受け取れるように、高畑充希演じる美咲というキャラクターは、何も知らない状態から、鹿野靖明という人間と関わるようになるストーリーとして、観る者がライドしやすい演出となっている。

最初はその性格に付いていけないことだろう。それから美咲がどういった感情の変化を見せていくか、そこに乗れれば障害と向き合う作品というイメージはだいぶ変わると思う。

そして、本作は基本的にコメディなのである。
ストレートなものから、ブラックなジョークまで揃っている。そんな構成の中で、中盤以降でほろりとさせられる場面が混じってゆく。

なぜそこで涙が出るか、それはその時点で鹿野靖明という人生にどっぷりとハマってしまった証である。

詳しくは後述するが、ノンフィクションとフィクションの狭間の物語、まさに「ボヘミアン・ラプソディ」と同じような感覚で見る映画だ。

ということで「愛は地球を救う」に何かわからないムズ痒さを抱くような、僕のようにひねくれた人間でさえ楽しめる、語弊があるかもしれないがエンターテイメント作品なのだ。


キャストも素晴らしく、それぞれがそれぞれの人生を鹿野に向き合っているか、それだけでも考えさせられる。
白石晃士監督信者としては、宇野祥平が出ているだけで嬉しい。それにしても、直近で「オカルト」を見返してしまっていたので、最後までこれほど良い人でコメディリーフをしているのを観ると、なんかホッとする。





是非観て欲しい。
そして、注意はエンドロール後にも映像があるので、そこは絶対観て欲しい。というよりも、ポルノグラフィティの主題歌の"フラワー"も聴いて欲しい。


ここからはネタバレ含めるため、観た方のみ進んでいただきたい。










フィクション的ノンフィクション




映画の前に原作を読んでいたので、果たしてどうやって映画化するのか、疑問だった。

原作は小説と言ってもノンフィクションルポルタージュで、著者である渡辺一史の取材中の目線から語られるからである。





ノンフィクションの過去の出来事を描くためにフィクション的な演出で見せる、これは折しも大ヒットを記録したクイーンの映画「ボヘミアン・ラプソディ」と似た構図ともいえる。

現実の出来事をそのまま描くのではなく、あえて脚色を入れることで物語を"創り上げる"。「ボヘミアン・ラプソディ」ではファンから史実を歪めていると反発が起こった問題だが、結果的には僕はその方が良かったと思う。それは感想を読んでいただきたい。

「こんな夜更けにバナナかよ」も同じくボランティアの 田中(三浦春馬)と美咲(高畑充希)の2人を物語の中心に据える。そして2人の恋人関係を主軸に葛藤と喜びを描く。


原作でもボランティアの声は大きな意味を持つ。「なぜボランティアをするのか」、その理由はボランティアによって異なる。原作では当事者の言葉なので、そこに真実味がある。

しかし、それを「物語」にしてしまうと、どこか散漫になってしまうことだろう。

鹿野ボラとしての役割、葛藤をあえて2人のキャラクターに預けることで、第三者が理解しやすいものにしている。裏を返せばそこが人によって過剰な演出とも取れるかもしれない。
自分はわりと好意的に受け止めていて、原作のエピソード「浮気なのでは?」と恋人が鹿野のところとか、田中のキャラクターは原作のボラの内藤を踏襲しているところ等をうまく絡めていると思う。


強いていえば主題である「バナナ」のエピソードは、本来の意図の方が強烈だというくらいだ。
※原作ではバナナ1本食べさせるのに苦労する状態で、やっとの思いで食べさせたら、鹿野が飄々と「バナナもう1本食べたい」と言ってのけるというエピソード

「ボヘミアン・ラプソディ」でも書いたが、何が大切なことか、それは原作が、原作に登場する人物たちが何を伝えたいのかを物語が伝える役割を果たせているかだと思う。

その点で、どちらも僕は演出を効果的に使ってそれを伝えていると思う。だからこそ、感動を得られたのだ。

この映画が伝えるテーマとはつまり「障害」ということだけではない。それよりももっと原始的な「人と人」の関わりなのだ。

もちろん病気のこと、障害のことが世間により知られる機会にもなる。しかしながら、それと同じくらい関わった人々の「なぜ鹿野ボラをやるのか」という問い掛けがテーマにあるのだ。




鹿野に振り回される人々




映画を観るものは高畑充希演じる安堂美咲に感情移入するだろう。この美咲の目線にボラとして鹿野に関わること、そして第三者としてそれを見る原作者の渡辺一史の目線の両方が重ねられる。

渡辺一史自身も初めは外から鹿野とボラを見ていた。しかし、いつしか自身もボラとして手を貸すようになったのだ。それは映画における美咲の目線にも近いといえる。

「なぜ鹿野ボラをやるのか」

誰かがいないと寝返りも打てない、ワガママ、エロオヤジ、など鹿野靖明という人間は決して関わりやすいという存在とはいえない。原作でも「暇だったから」という理由すら上がる。

それなのに、なぜ無償で彼に手を貸してしまうのか。

ここで「自分を成長させるため」「社会をよくしたいから」とかそういった所謂「意識高い系」のものが主題だったら、語弊がある言い方だが、そこに欺瞞を見てしまったら僕は冷めてしまったことだろう。

それを感じさせられなかったことが、僕がこの物語を素直に受け取れた理由だ。

ボラたちの気持ち、それを表すのが高畑充希の美咲というキャラクターそのものなのだ。

「よく分からないけど、手を貸してしまう」


その感覚。映画を観たときに一番驚いたことだったのだが、鹿野が旅行先の美瑛の施設で(わざと)倒れた場面、あそこで場内に「あぁ」とか「あ…」とか声が上がったのだ。

それが、全てを象徴しているように思えた。
それほど物語として描かれた鹿野靖明という男に引き込まれていたのだ。


「なぜ鹿野ボラをやるのか」


その理由の多くは「鹿野靖明だったから」ではないだろうか。

そんな鹿野靖明を演じた大泉洋、舞台、映画、ドラマなどいくつも主演作品があるなかで、僕はこの作品の大泉洋を最も評価したい。



鹿野靖明という人




大泉洋


この人がいなかったら、この映画は決して成立しなかっただろう。

鹿野靖明という人を知れば知るほど、納得してしまうのではないだろうか。それほど、これ以上「適役」「はまり役」というものはない。

変な話だが、仮に原作をフィクションの小説として読まされ、この鹿野というキャラクターは大泉洋を当てて書いていると言われても僕は信じてしまう。

それほど「あ、鹿野だ」と思わされてしまう。

2人に共通することは数多くあるが、ひとつには「人を惹き付けてしまう」という人間的な魅力を秘めているからではないだろうか。

それは、一見するとワガママでおちゃらけているように見えながら、根はとても真剣で真面目だということだ。もしこれがただ、ワガママという表面的な性格を演じただけなら、鹿野靖明という人物はこれほど人を惹き付けないだろう。

原作を読んだ際に、なぜ鹿野に惹かれるのかを考えて「だれよりも懸命に生きているからだ」と思わされた。そして映画における大泉洋演じる鹿野靖明に惹かれてたのもまた、実在した人物だったからこそ手を抜くことはできない、という大泉洋の強い意志をそこに見たからだ。

役作りで体重を落とした姿、それは役者の役作りといえば当たり前のことかもしれない。しかし、役になるということと、実在した人間になるということは違う。

その点もまさに「ボヘミアン・ラプソディ」に通じて、これほど同じような感覚になる映画を続けて観たことが、何か象徴的に思えた。

演技についてどうこう言える人間ではないが、この映画の大泉洋は本当に素晴らしい演技だと思う。



フラワー




さて、最後にどうしても書かねばならぬ。ポルノグラフィティの主題歌"フラワー"について。

曲の感想もアホなくらい書いたのでそんなに書くことはないと言いつつも、あれはこの作品のネタバレなしで書いたので、ネタバレありで書けるからこそ書ける側面を。


鹿野靖明は2002年に42歳でその生涯を閉じた。
それは、渡辺一史による本の完成を待たずした最期となった。

それから16年経ち、こうして映画が製作されることとなった。映画はもちろん、主題歌としてポルノグラフィティは1人の、いや数多くの実在した人物たちの物語を真摯に受け止めて、製作した。

その作詞作業は、新藤晴一にとっても困難なものとなった。そして、苦悩の末に選ばれたテーマこそタイトルである"フラワー"、つまりであったのだ。


冬の気配が荒野を満たせば 風もないのに花びらが落ちてゆく
長い眠りが近づいていることを知って 小さな種を地面に落とした


この作品がと向き合うことと同時に描いたのがである。

鹿野靖明は夢を語る。しかし英検2級アメリカでエド・ロングと会うことも叶わず亡くなってしまう。

命と夢はどこか似ている。全うすることを目的として、そのために人は人生を築き、費やしていく。命の数だけ夢がある。

夢は抱くものだが、それは決して誇るためではない。それが自分自身のためのものであるからだ。もちろん中には世の中のためという夢を抱く人もいるだろうが、それは結果に過ぎない。

そして、その夢はいつしか周りにも影響を与える。

たとえば鹿野の語った夢が車イスの少年に力を与え、それが田中の夢に繋がったように。それは田中と美咲が再び縁を戻し、鹿野にとって大切な人間たちが戻ることになる。


誰もが一人じゃなくて、必ず誰かの心に種を残す。

鹿野靖明という人間がこの世に落とした種は、本となり、映画となり、多くの人々に種を植え付けた。

命も夢も、枯らしてしまうことはなんて容易いのだろう。

しかし叶えようとしたり、それを考え悩むことは、なんて苦しく辛いことだろう。

いや、それを問うことすら野暮なのかもしれない。
それは、2番で流れる花に「ねぇ 君は寂しくない?」と問いかけるバッタと同じなのではないか(なので、エンドロールで2番がカットされているのが悔やまれる)


生きるために生きること。

生きること。きっと夢も。

それは、ただそこにあって、それだけで何かを残していく。

それを受け入れることが、本当の強さなのではないだろうか。


I wanna be so strong, Even if I'm alone.
I wanna be so strong, Flower.


そう、花のように。


【ネタバレ感想 】映画「ボヘミアン・ラプソディ」歌と歌詞から見るQueenの軌跡

フラワーの歌詞について本気出して考えてみた~映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」主題歌
フラワー配信決定記念 ポルノグラフィティの歌詞に登場する花を振り返ろう





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2018年12月11日火曜日

石持浅海『二千回の殺人』(旧題『凪の司祭』) ネタバレ感想






文庫で石持浅海『二千回の殺人』を読了した。

本はそれなりに読んでいるものの、感想を書くことはあまりなかった。

これも内容が内容なので、実はそこまでどうしても人に薦めたいというわけではないのだが、あまりに評価が芳しくようだ。
内容に対して言いたいことは分かる。しかし、それでも僕は考えてしまう部分があり、今回筆を取る事にした。

あらすじ後、読んでない方向けにネタバレなしの感想を書き、その後読んだ方向けにネタバレありの感想を書きたい。

石持浅海『二千回の殺人』
(旧題『凪の司祭』) 感想








2018年11月22日木曜日

フラワーの歌詞について本気出して考えてみた~映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」主題歌








ポルノグラフィティの新曲"フラワー"がカフェイン11でフルオンエアされた。

今年リリースされたシングルはどれも、初オンエアになって発売なり、配信なりしたらひたすら気が狂ったように聴いていた。

今回も"カフェイン11"を録音して、何回も聴き返していたけれど、いつものとは違っていた。

軽い気持ちでリピートできない。
それほど受け止めるものが多く、大きすぎて、聴くには覚悟が必要な気持ちになってしまう。

なぜそんな気持ちになるのか、覚悟して何度も聴いて、曲と向き合って自分なりの答えを出すのに時間を要した。

それでも、少しでも掴んだ気持ちを今の自分としてここに記したい。おそらくこれから先の人生で、聴く度に印象も捉え方も変わっていくことだろう。


※記事中で「障害者」という言葉を使うが「障がい者」ではなく、あえてこの表記を使うのは原作小説に倣ってである
※映画はこれから公開なので原作のネタバレになりそうな箇所は書かないでおく



ポルノグラフィティ"フラワー"歌詞解釈
映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」主題歌






2018年10月30日火曜日

嘘喰い「迷宮(ラビリンス)ゲーム」の秀逸さとは、主人公が負けることへのカタルシス







マンガ「嘘喰い」には様々なギャンブルが登場する。

最高傑作だと思っている「エア・ポーカー」は以前にも徹底的に語った。


嘘喰いのエアポーカー編がなぜギャンブルマンガ最高峰か、それは主人公が死ぬからだ


そして、今回。あらためて読み返していて「迷宮(ラビリンス)」ゲームの一連の流れがあまりに秀逸だと再認識に溜め息が漏れたので、この度その秀逸さを語りたい。

基本的に読んだ人に向けて書くのでご了承を。


嘘喰い「迷宮(ラビリンス)ゲーム」徹底ネタバレ解説




2018年9月18日火曜日

【感想】嘘喰い49巻(最終巻) 〜ハンカチ落とし編完結 屋形越えの先に【ネタバレ】








遂に、遂に終わってしまいました。

ヤングジャンプ連載の『嘘喰い』が49巻、全539話をもって、11年の連載に幕を下ろした。
実際書いたのは終盤だけではあっても、当ブログでも最後もきっちりと感想を書いて終わりたい。


……と書き出して、途中まで書いた段階で記事を書くのを止めてしまっていた。これが書き終わるということは、僕の中で本当に『嘘喰い』が完結してしまう、それが惜しかったのだ。

すみません、嘘です。書きかけで忘れてました。

というか書いたつもりになってました。

ということで、完結してだいぶ経ってしまいましたが。

気を取り直していこう。


最後まで読んでも若干モヤモヤとした箇所もあるが、それは追々1巻から読み直して整理しながら考察したい。

あー何から書けばいいだろう。
とりあえずは最後のゲーム「ハンカチ落とし」の決着から見ていこう。


『嘘喰い』49巻(最終巻) ネタバレ感想



2017年11月28日火曜日

【感想】嘘喰い48巻〜屋形越え ハンカチ落とし(臨死ゲーム)編 決着の刻








「嘘喰い」48巻が発売となった。

ハンカチ落とし編も佳境である。






ということで感想を書いていこう。

※48巻までの内容のネタバレを含む
※管理人は529話以降の内容は全く知りません



嘘喰いの仕掛けたトリック




嘘喰いが切り札として仕掛けたのは閏秒のトリック、それは"閏秒"。

閏秒については国立天文台のサイトより引用しよう。

古くは、地球の自転を基準にして「1日」という長さが決められ、その24分の1を1時間、さらにその60分の1を1分、その60分の1を1秒としていました。しかし、時間を測定する技術が進歩して、原子時計で正確な時間が測定できるようになると、実は地球の回転速度にはムラがあり、いつでも同じ速度で回転しているわけではないことがわかってきました。

もし、地球の自転が遅い状態が続いたり、自転の速い状態が続いたりすると、地球の自転によって決まる時刻と原子時計によって決まる時刻のずれが大きくなります。そのようなとき、時刻のずれを修正するために「うるう秒」を実施します。

(中略)

ただし、世界時と日本時間では、日本時間のほうが9時間進んでいますので、日本では午前8時59分の最後の秒で調整がおこなわれることになります。

国立天文台


作中の設定はハンカチ落としが行われたのは2009年1月1日8時59分。
この8時59分~9時00分までの1分間に閏秒である8時59分60秒が挿入され、1分が61秒となる。

そして閏秒の時のみ8時59分59秒と8時59分60秒に2回「ポーン」と時報が鳴る仕組みを利用したもの。

NTT、うるう秒で時報調整 2秒連続で「ポーン」

2回鳴る理由は上記を参照。

前置きでかなり長くなってしまったが、(おそらく)メイントリックであるため、ご容赦いただきたい。

閏秒については考察をいくつか見ていて早い段階から指摘があったので、正直なところ意識してしまっていた。
しかし、意識している分「どうやって閏秒の時に嘘喰いがD(ドロップ)のターンを得るのか」という点にハラハラさせられた。

あくまでもメイントリックは閏秒であるが、このトリックの本当の凄さはそこに行き着くまでの展開である。


閏秒






コミック48巻の終盤では嘘喰いが閏秒のトリックを実行させるに至った過程が描かれる。
その伏線が次々と回収され狙いが明かされる瞬間は爽快であり、快感である。

卍(ばん)を貼る、その時に嘘喰いは"刻"を選び屋形越えを1月1日になるよう、期限を12月31日にしたこと。

屋形越えの立会人を巡る争い。夜行さんの提案ゲームの中にハンカチ落としがあり、それを選ぶように仕向けたこと。

ハンカチ落としに時報を用いるため、あえて使われないのを見越して時計を塔に仕掛けていたこと。

ハルの記憶喪失を利用して閏秒の存在を記憶として失うのに賭けたこと(これは推測だが狙いの1つではないか)

時報が閏秒の時に「ポーン」「ポーン」と2回連続で鳴る仕組みか確認するため、プロトポロス編でりゅうせいを利用して島の電話回線を確認していたこと。

そして、ゲーム中で閏秒を得るために、臨死に掛かる時間を知るため真っ先に臨死をしたこと。




挙げていけばキリがないくらい丁寧に張り巡らされている。
特にりゅうせいを利用して島の電話回線を確認していたなんて、本当に些細な描写で、これぞ伏線というものだ。

勘のいい人なら気づいていたかもしれないし、そうでなくても「あれはこんな伏線だったのか!」と驚くところだが、僕の卓越した知能では「こんな描写あったっけ?(ていうかこれ誰だっけ)」というくらいだ。




閏秒のトリック、たふんぽけーっと読んでたら気づかずにいただろうなと自覚していて、これは素直に考察まとめサイト見たのが失敗だったかなと自分でも猛烈に反省。そのことに528話分までしっかり見てから気づいた。

だがこれだけ丁寧に閏秒への道を築いているのを見たら感服しかない。

嘘喰いの中ではおそらく閏秒はあくまでも狙いの1つでしかないのだろう。

これが上手くいけば利用するというもので、プロトポロスかどこかで、事前に沢山カードを蒔いておき、さも最初からそれを狙って仕掛けていたように1枚取り出すというような描写があったが、嘘喰いのはまさにそれだろう。それすらギャンブルなのだ。








ハル







さて、閏秒によりC(チェック)失敗となったハル。ほぼ致死量となる4分58秒の臨死となった。528話時点まででは、限りなく死んでいるように見えるが、ここからどういう展開になるだろう。

まだゲームの決着シーンは描かれていないのだ、そこにあえて致死量にはギリギリ達していない秒数、まだ回収されいない伏線(マス鬼獣院はなんだったのか)も考えると、果たしてこれで終わるのだろうか。

ここから先は臨死ゲームが決着したか否で展開が分かれるてくる。

これで決着であれば、創一が死んでいるかどうかの分かれ道だ。もしかしたら御屋形様としては死に、ハルとして生き返るという可能性。しかし以前に敗北した時には自害するとまで創一に言わせていたのに、果たしてハルとしてでも生き残るのはいいのだろうか。

もしくは創一はこれで死に本当に終わってしまう。
だが、帯には「決着」の言葉はなかったし、巻末の雰囲気(読者投稿コーナーを)今さら新設だとまだ話は終わらなそうだ。





となると1つこれかと思う推論が浮かんだ。それが貘が賭郎の御屋形様となる展開。そして、梶と屋形越えとして最後のギャンブルを行うというものだ。

先日エアポーカーのことを書きなぐりたくて書いた記事で触れて思い出したが、嘘喰いが「屋形越えをするのはアイツ(梶)だ」という台詞。
あれがいよいよ満を持して回収されるのではないか。


嘘喰いのエアポーカー編がなぜギャンブルマンガ最高峰か、それは主人公が死ぬからだ


そう考えると、ちょっとワクワクしてしまう。

あくまでも妄想であるけど。

ということでクライマックスなのか、そうでないのかよく分からない48巻の感想でした。


【感想】嘘喰い47巻〜屋形越え ハンカチ落とし(臨死ゲーム)編 ハンカチ落としは佳境へ
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