2026年2月14日土曜日

【感想】ポルノグラフィティ「種」




〝樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、それは果実だと誰もが答えるだろう。
しかし実際には種なのだ〟

  〜ニーチェ

ポルノグラフィティの全盛期、「暁」じゃなかった。

あれだけ騒いだ「暁」すら、ポルノグラフィティは過去にしようとしてる。

震えてる。ただ、震えてる。

怖い、この人たちが怖い。

でも。

簡単に言うと種がある毎日はいつも

最高。




1. 峠の鬼


作詞・作曲:新藤晴一
編曲:江口 亮, PORNOGRAFFITTI


タイトル発表された瞬間は「頭文字Dか?」と思ったけどそんなことなかった。


ジミヘンの“Voodoo Child”を彷彿とさせるギターリフからたまらない。
アレンジャーは江口亮だけに凝り倒していて、またハイレゾで大きな音にするほど幸せなやつ。
※耳の健康に注意しましょう

2番の右チャンネルで鳴ってるロータリースピーカーっぽいエフェクトのギターとか堪らん。


“カルマの坂”を彷彿とする物語調の歌詞。
孤独な鬼の物語でありながら、途中からまさかの展開を見せていく。

特に犬と出会うくだり、ここで物語が桃太郎の世界線であることが判明する。


僕、昔このブログで桃太郎の不思議な点を書いたことあるんです。ちょっと長いけど引用させてほしい。
※一部省略

そして三人は、宝物のおかげでしあわせにくらしましたとさ。 

待て待て。

宝物は誰のものだったのだ。

生活からも間違いなくおじいさんとおばあさんのものではないことが明らかである。
でなければ、おじいさんは芝刈機使ってるし、おばあさんもドラム式の洗濯機くらい使ってるだろう。

ということは、鬼が積み上げてきた宝物か町民などから奪ったものということになる。
なぜおじいさんとおばあさんがおこぼれに預かっているのだろうか。

これでは完全に強盗ではないか。いや、強盗の強盗か。

奪われたものだから、奪い返せばいいという話ではない。元々お前らの宝物ではないだろう。

1番の鬼はこの人たちではないだろうか。

こんな人たちが寓話の主役として描かれていいのだろうか。

だって『三人は』である。命を賭けた猿、犬、雉はどこへ行ってしまったのだろう。



「みすぼらしい犬」という歌詞を見て思ったね。


ほら。


そりゃ、犬はそんな取引のひとつも持ちかけますわ。

あの物語で幸せになったのは三人だけなのである。


「本当に怖いのは人間」という言葉をこんなに見事に歌詞に落とし込んだ人はいないと思う。


新藤晴一、歌詞を書いてきて何でまだこんなもん見せてくるんだなんて思ってたら、まだとんでもないフレーズがくる。


若い鬼はもう引いちゃって


マキマさん助けて。もうさ、初めて歌詞見ながら聴いた瞬間にビビって寝込みそうになった。マジで祝日に配信してくれてありがとう。

ここまで物語調で語られるのに、ここでこの急ハンドルドリフト、やっぱり頭文字Dじゃねぇか。

急な現代言葉遣いというのはEP最後の“はみだし御免”とも対になっているだけでなく、「引いちゃって」という短い言葉にいくつもの感情を読み取れるからだ。
鬼が引く、それたけで全ての残酷さを描き切る。

スゲーよ、あんた天才だよ。黒レースの手袋が似合う人間がギター弾いてこんな歌詞まで書くなよ。俺どうしたらいいんだよ。

ちなみにツイートもしたが、たまに映画館でJTで山田孝之か鬼に扮しているCMを見るので、僕の脳は山田孝之で再生される。



2. 土竜


作詞・作曲:岡野昭仁
編曲:江口 亮, PORNOGRAFFITTI


かなり久しぶりの岡野昭仁作詞曲。
ソロは除くとポルノグラフィティとしては“プリズム”以来かな?

こちらも江口亮アレンジ。なので冒頭2曲にしてハイカロリーである。やっぱりFuzzを効かせたようなギターがたまらない。
二郎系と家系ハシゴしたのに、食い終わった瞬間にリピートしたくなる中毒性が恐ろしすぎる。

曲の展開もやはりこちらも凝り倒していて、たぶんひと昔前だったら2番も1番と同じ曲展開にしていたと思う。
そこら辺はおそらく岡野昭仁が、完全にこちらの意表を突こうとしてきていて、結果的にそれが見事な劇薬となっている。

本当に、近年の岡野昭仁は隙あらばファンを驚かせてくる。いいぞ、もっとやれ。

そもそも2番でホーンが入っただけでも驚かされたのに、それがまだ序の口であった。

ハキハキ文字区切り「生き馬の目を抜く」からの展開はまさに生き馬の目を抜かれる気持ちで、そしてトドメの。


もう騙されんけぇ


こんなの嫌いな人いるわけないじゃないですか。
何回聴き直しても、ここでサブイボが立つ。2曲連続で人の性癖を殺しに来るな。
心臓と頭をまとめて撃たれた気分だ。

“峠の鬼”もそうだけど、いくらAIが進化しようと、ポルノグラフィティを超えるのはポルノグラフィティしかいないのだ。

「こういうの好きでしょ?」って出されたものを素直に受け取れない天邪鬼なのに、こういう反応になるのわかってるのに、わかってるのにマジで悔しいほど喰らってしまった。

よく話に出すマンガ『ジャンケットバンク』を読んでるときも、まさにこんな気持ちで。予想も期待も圧倒的に超えてくる。こういう体験をしたくてカルチャーを愛でている。


歌詞としては現代の鬱屈とした空気、そこで生きていくには自分自身を強くしていかなくてはという、曲調は違えど実は“ヴィヴァーチェ”にも通ずるメッセージである。

ところで2番の「さあさ みんな〜」のあたりの歌声に特に昔の岡野昭仁みを感じた。
穿った見方をすると、昨年のFCツアーで「foo?」の曲を演奏して、特に“INNERVISIONS”辺りはこの歌い回しに近しいと思ったので、意識しているのかもしれない。

ポルノグラフィティの遊び心って外すとたまに「あれ?」ってなるんだけど、こうしてクリーンヒットすると致死のラインを確認しないといけなくなる。最近その精度が高すぎてあまりに恐ろしい。









3. SETOUCHI BOYS


作曲:新藤晴一
編曲:tasuku, PORNOGRAFFITTI



FCツアーのMCの冗談から生まれた「SETOUCHI BOYS」がまさかの楽曲化。
これシラフで言ったら「近寄っちゃいけない人?」というくらい、知らない人からすると意味がわからないだろう。

端的に言えば「この年齢になるとポルノグラフィティという名前がいかがなものかと思うようになってきた。“SETOUCHI BOYS”とかにしたい」と言ったという感じだ。

もちろん本気ではなくて、でなければ27年も胸に「ポルノ」って書いたTシャツを着てきてファンが浮かばれないだろ。

そんな“SETOUCHI BOYS”が楽曲に。
作詞のクレジットがないけど、曲の中にはコーラスが含まれる。

レペゼン広島!

笑うしかないだろ。こんなの。

ギターメロが所々ちょっとレトロゲーム音楽っぽい節があるような気がする。
個人的にこういうギターインストは好きなメロディラインがあるとたまらないんだけど、この曲ラスト1分の間で5個くらい出てきて悶絶しそう。

ライヴのオープニングでもいいけど、後半で岡野昭仁の声が入るのを考えると中盤のギターソロタイムに演奏してくれてもいいなと思った。

もっと言うと、ツアーの追加アリーナ公演でオープニングで流して、本当にオープニングアクトとしてSETOUCHI BOYSに出て欲しい。
※全て妄想です




4. デッサン#4


作詞:新藤晴一/作曲:岡野昭仁
編曲:トオミヨウ, PORNOGRAFFITTI


令和の世に、まさかのデッサンシリーズ最新作が誕生した。

簡単に説明しておくと、デッサンシリーズは実際に起きた出来事を歌詞に落とし込むというシリーズ。
似たものにダイアリーもあるが、あちらはそれを書いた日の心情を歌詞にしたものなので、デッサンとは微妙に異なっている。

“デッサン#1”は岡野昭仁の失恋
“デッサン#2〜春光〜”は新藤晴一が父親を亡くしたこと
“デッサン#3”はスタッフの女性の失恋※
※#3はインタビューかなにかで言っていた気がするんだけど、ソースが明確ではない

ということで新藤晴一が作詞という共通点がありながら、描く対象は自身のことに限らない。

今回もまだインタビューとか出てないので明確にはなってないけど、個人的な印象としては本人のエピソードではないと思う。

曲としては濃い濃い2曲からSETOUCHI BOYS!の脱力、そしてここでしっとりと落とし込む。EPにして流れが完璧すぎる。これはこれとしてフルアルバムは新曲たくさんぶち込んでくれませんか。

かなりスタンダードなミディアムバラードだけど、この流れで聴くと余計に沁み入る曲になっている。
トオミヨウのアレンジって、スタンダードに聴こえるものでも、空間の音アレンジがずば抜けてると思う。曲の空間の演出というか。

僕には子どもがいないけど、泣けて泣けて仕方ない。子どもがいる方は、より刺さるのではないだろうか。
いや、俺そもそも伴侶もいなかったわ。

人は歳を取ると優しさがこんなに刺さるんだと、思い知らされる。


できることならずっと隣寄り添ってはいたいけど
そういうわけにはいかないのは知っている そう知っている


このフレーズ。
知っているの繰り返しが切ないのは、きっとこの曲の主人公はかつて自分もそうだったと自覚しているからこそのものだと思う。

同時に、直近でFCUW6で“デッサン#2 〜春光〜”を聴いてしまっているからこそ、取り返しのつかないものであると感じざるを得ない。

苦悩であり、それが人生の一つの糧でもある、そんな想いで。
「擦りむいた傷はすぐに治るさ」は同じ痛みを味わった人間でないと出ない言葉なのだ。きっと反抗期も含めて、親も同じなんだなって。

全ての人にとって、親になることが人生の幸せではない。
でも、たとえば自分にとって姪っ子とか甥っ子が幸せに過ごせる世界になってほしいと願っているように、

それでも誰かの幸せを願う、そんなことをそんな気持ちが利他なんだと。

自分も歳を取ったなと思いつつ、次の世代が“土竜”のように強かでいてほしいと願う。



5. はみだし御免


作詞・作曲:新藤晴一
編曲:綿引裕太, 田中ユウスケ, PORNOGRAFFITTI


“デッサン#4”からまた一気の反転ではあるけど、EPとしては先に書いたように“峠の鬼”と対をなすので、すごくまとまりがよく聴こえる。

ここまで長くなったし、曲としてはリリース時に語っているから、とりあえず短めにするけど、改めて強烈な楽曲だ。

EPに合わせてMVも発表になったが、これでけ多様はファンたちの脳を焼かれてて笑った。


先に書いたとおり、“峠の鬼”とも対をなすような構造もあり、「鬼」が円環になるのが美しくて、もうこのEPで完結させても文句ない。

けれど、ポルノグラフィティはまだ止まらない。

こんな「完璧やろ、これ」みたいな代物すら、今のポルノグラフィティは、きっと超えてくる。

これがまだ、「種」なのだ。こんなのに水やったら悪魔の実とかなるだろ。

畏怖であり畏敬の念でしかない。

ありがとう、こんな誇らしいミュージシャンのファンでいさせてくれて。

さぇ、種に水を与え、秋の実りを待とう。







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