2018年11月1日木曜日

ANGRY BIRDという神曲について、ただひすら語らせてもらう








神曲という言葉が苦手だ。

人が使ってるのを見るのには良いのだが、自分の言葉として使うのが、である。
ちなみに「神ってる」は普通に好きではない。

色々な音楽を好きになり拗らせてきたので、あまり気軽に使うのは憚られる面がある。
たとえば"アゲハ蝶"なんかは、もう僕は神の啓示を受けたような衝撃だったので、万感の想いを込めて「神曲」だと思っている。

というくらいの拗らせ方をしているので、あまり簡単に「神曲」という言葉を使えないのだ。いくら八百万神の神がいるといっても、神のバーゲンセールをするわけにはいかない。

そんな生きづらいだけの思想を胸に今日もポルノグラフィティを聴いている。今日は「RHINOCEROS」にしよう。


♪"ANGRY BIRD"







神曲や……

めっちゃ神ってる……


ということで今日は"ANGRY BIRD"について語ろう。


ANGRY BIRDというアーティストの強権




"ANGRY BIRD"はポルノグラフィティの10thアルバム「RHINOCEROS」の1曲目に収録されている。



「RHINOCEROS」を引っ提げたツアー「The dice are cast」でもオープニングナンバーとなっている。





この曲がその座についたのには、経緯がある。


当初スタッフの意向としてはアルバム1曲目は「"オー!リバル""Ohhh!!! HANABI"のようなキャッチーな曲をすべき」という意見だったそうだ。

それはアルバムの視聴する時に、より人を惹き付けたいという思惑からである。もちろんそれもアルバムの形としては悪くはない。

CDが売れない時代に少しでも売ろうとするのは、レコード会社にとっては、重要な要素なのだ。

しかし、そこに新藤晴一は異議を唱えた。ちなみに岡野昭仁はアルバムの発売をポロリした。ロックである。

本人の言葉を借りれば「アーティストの強権」を使って"ANGRY BIRD"を1曲目に持ってきたという。

なぜ、新藤晴一はそこまでこだわりを持ち、"ANGRY BIRD"を1曲目に選んだのだろうか。


その答えは、アルバムを聴いた君が一番よく知ってるんじゃないかな。


すみません、死にます。


しかしながら、これはもう聴いた者にしかわからない、裏を返せば聴けばわかるものを感じとることができるだろう。

"ANGRY BIRD"、その1曲目が必然であることが必要な理由、そして僕が魅力に感じるそれは「よくわからない」という感覚にある。












"ANGRY BIRD"のよくわからなさ





"ANGRY BIRD"がどんな文脈でできた曲なのか、よくわからない。

相変わらず白眉な篤志によるトラックメイキングと、それに対するバンドサウンドの調和のアレンジ力。この時点で恐ろしい完成度なのである。

しかし、こうしたサウンドはあまり「これっぽい」という何かの流れを受けて生まれた音楽には聴こえない。

たとえば"オー!リバル"の流れはEDMを用いて、過去のラテン曲を意識的にアップデートさせたというような文脈にある。
しかし"ANGRY BIRD"はそれが感じられない。そこそこ音楽好きのつもりでいるが、突然変異のように現れた印象なのだ。

強いていえばThe Rolling Stonesを現代的な打ち込み主体のテイストでアレンジした雰囲気ともいえる。
ただ、最近の海外の音楽事情には明るくないので、もしかしたら、そういう文脈を無知たる僕が知らないということもあるだろう。

昨今ロックバンドが打ち込みを用いるアレンジは主流とも言えるので、まぁそういう文脈がどこかにあるのだろう。

それにしてもポルノグラフィティの中でもかなり異質な曲だ。

しかしながら10枚ものオリジナルアルバムを築いたポルノグラフィティだし、思うよりも前に「ただ、ただ格好いい」ということでねじ伏せられる。

カラッとしたギターサウンドが、歌詞の焦燥感と相まり、それを体現する岡野昭仁のヴォーカルとしての未だ途絶えぬ成長をまざまざと見せつけられる。

歌詞については書いていいならあと5000字書くが、そうもいかないので端的に。

世界と自分。そこにある自己嫌悪

卑屈なまでに謙った自分自身。周りのように上手く振る舞えない、でもみんな仮面を剥ぎ取ればみんなそんな不安を抱えて、自分を隠して生きてるんだろ?という叫びに似た問い掛けが唄われる。


"ANGRY BIRD"はまさに理想郷であり、ファンが求めていたポルノグラフィティがそこにある。
聴いたファンなら、その音にポルノグラフィティがまだ歩みと成長を止めないという宣言、いや宣戦布告にも聴こえるだろう。


しかし、パブリックイメージとしてのポルノグラフィティの印象はそうではない。

確かにアルバムとして、近年でも希に見るヒットとなった"オー!リバル"などの方が「キャッチー」であり、世間的なポルノグラフィティのイメージに沿う形になる。

なので、スタッフ側の意見も真っ当なものだ。


では改めて考えよう、新藤晴一はなぜアーティストの強権を使ってでもこれを1曲目にしたのか。

それは、そこにアルバムへのロマンを込めたからである。

今の時代はアルバムよりも曲単位で音楽を聴く人が増えた。そうした時代の変化に「RHINOCEROS」はあえて逆らうように1枚のアルバムとしての強さを持っている。

そんな時代だからこそ、あえてアルバムで聴く喜びを知る人へそれを伝えたかったのではないだろうか。同時に、アルバムを聴くという喜びを広げたかったのではないだろうか。

アルバムの1曲目というのは、それほど特別なものなのである。その音が鳴った瞬間に、世界の自分にとっての全てを変えてしまうような。

何回聴いたかわからない「RHINOCEROS」だが、僕は"ANGRY BIRD"のイントロが流れるたびにワクワクしてしまう。これからもきっと同じだろう。

大袈裟にいえば、啓示を受けたような感覚になるのだ。とりわけ「The dice are cast」のオープニングのイメージが強いからかもしれない。

正直なところ、ライヴでどうなるのだろうと、疑心暗鬼でもあった。

これほど打ち込みが強くでていて、それを生で再現しようとするのは、ちょっと無理じゃないかと思っていた。舐めてた、チームポルノを。

紛うこと無きまでに、完璧に理想の"ANGRY BIRD"がそこに鳴っていた

いや、理想なんてものではない。そんなことどうでもいいとさえ思えるほど、全てを掴まれた。

もしかしたら、なのかもしれない。

"ANGRY BIRD"は一切の隙のない完璧な曲だ。

ポルノグラフィティは間違いなく、確信をもってファンがこれを待ち望んでいるとわかってやってるのだ。

だからこそ、シングル祭りだった台湾ライヴでさりげなく"ANGRY BIRD"をぶち込んできたりする。なんてことしてくれるんだよ。




最後に、"ANGRY BIRD"に打ちのめされてしまう自分なりの理由を。

ファンとしては曲の好みはさておき、の「青春花道」〜「ワン・ウーマン・ショー 〜甘い幻〜」までのシングルの流れは、一般的なリスナーへポルノグラフィティを勧めるのはちょっと難しい曲が続いていた。

ファンなんて長いことやってるから、「まぁたまにはこういうのも良いかもね」って今では思えるんだけど、やっぱりポルノグラフィティは今も凄いってファンは言いたいんだよ。
ちょっとそういう流れではなかった。

15周年でシングルベスト出したから初期の曲が改めて着目されてたタイミングでもあったしね。

そこでようやく「オー!リバル」がきて、ファンとして正直安堵してしまったの。これなら、胸を張って全国民聴けと言えるって。
おこがましいにも程がある。

そうした流れで"ANGRY BIRD"を1曲目に持ってくるポルノグラフィティ。もう一生ついてく。

曲の純粋な格好良さもさておき、これを1曲目に置いてこんな拗れたファンを打ち据えてくれたポルノグラフィティに感謝しかないのである。


"ANGRY BIRD"は、神曲である。






 








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