薄い氷に小石滑らせるように
ペンの先が撫ぜるだけさ
"ウェンディの薄い文字の一節"だ。
幼いウェンディは、羽根のついたペンをはばたかせ、思いを記そうとする。
けれど、その文字はかすれていて、誰も気づかないほど薄いものだった。
語り部は、そんなウェンディに優しく語り掛ける。
童話のような歌詞を、新藤晴一が唄い上げる様は、「OPEN MUSIC CABINET」ツアーのライヴでも話題になった。
東京ドームで久しぶりに聴きたいと思い、僕もタイプで文字を残すことにした。
ちなみにタイトルは全く関係ないYUIの"LIFE"より引用した。
名曲。
"ウェンディの薄い文字"の歌詞の意味を読み解く
文字を書くこと
ウェンディ 君だって可愛い指に
リングをはめる頃になったら
強い文字で
ウェンディが記そうとしているのは、なんだろうか。
"ウェンディの薄い文字"は不思議な曲で、情景はかなり細かく描かれているのに、具体的な物語はまったく語られない。
感覚的に、とても童話、絵本の世界みたいな曲だ。
色々な人が言っているが、まさに「Windind Road」のジャケットやMVの世界観は"Windind Road"よりも"ウェンディの薄い文字"を表しているようにさえ見える。
ウェンディの文字はとても薄くて、掠れてすぐに消えてしまう。
しかし、ウェンディはそれを気にも留めない。なぜなら「何か強く残さなくちゃいけない物が今の私にあるとは I don't know 思えないのよ」と思っているから。
ずっと掴みきれてなかったのだけど、今となって改めて考えて思ったのは、ウェンディが何を書いているか、そこに意味を見出だそうとすることが、間違っていたんじゃないかなということ。
子どもは不思議だ。大人にとっては意味のない行動でも、それが楽しくて繰り返したりする。
ウェンディよりももっと幼くなってしまうが、赤ん坊が同じ動きを繰り返すのには理由がある。たとえば、音の出るおもちゃがあるとしたら、赤ん坊はそれをずっと鳴らし続ける。
大人からすれば「飽きないのかな?」と思える行動でも、子どもにとっては、その反復の遊びによって「自分が何かをすることで、影響を与えることができる」と学んでいるのだ。
ちなみに僕は毎日巧くならないギターを弾いて遊んでいるので、子どもなのかもしれない。
今のウェンディにとって大切なことは「残すこと」ではなくて「書くこと」なのだ。
そこに大人は「“何を”書いてるの?」と意味を求めてしまう。だからこそ、ウェンディの行動が不思議にうつる。
突き詰めれば意味や理由を求めてしまう大人よりも、ウェンディは遥かに自由に羽ばたいている。
こんな歌詞解釈書いてる場合じゃない。
ウェンディにとってまだ文字は文字なのだ。
云わば記号として文字を見ている。
だからこそ、ウェンディにとっては「キス」と「好き」は真反対に並んだ文字に過ぎないからではないだろうか。
でも、これだけはどうしようか迷ったか書くか迷ったが、触れない訳にはいかない。
ウェンディ
「キス」
「好き」
日本語?
(語り部が話しているということもあるけど、ウェンディですし…)
童話の死神
towaie
だからといって、ウェンディが何かを記すこと、そこに意味がない訳ではない。
君は言う 悲しいことは忘れなくちゃ
嬉しいことも明日になればなくなるのならば
忘れなくちゃね
この部分で突然、かなり達観した視点になる。
ある意味「明日は明日の風が吹く」ともいえるフレーズ。
良いことがあっても、悪いことがあっても、必ず明日はやってくる。
達観してるんだけど、すごく純粋な思いでもあって。
今を大切に生きているようにも見えた。
究極的にいえば、人は明日死んでしまうこともあるということにも。
純粋に今を見つめているからこそ、それが未来にどう影響するかなんて、考えることはないのかもしれないと思えてしまった。
もうひとつ印象的なのは
タイプ打ちされた童話で暴れる
死神がウェンディを怖がらす
というフレーズ。この童話について、何かっていうのは言及されないけど、僕はグリム童話の『死神の名付け親』ではないかと思っている。
簡単にあらすじを書く。
子だくさんで貧しい男にまた新たな子どもが産まれて名付け親を探す。神や悪魔と出逢うが断る、そして「誰にも平等」という理由で死神に成ってもらう。そして息子が将来成長したら金持ちになると約束する。
成長した子どもは死神の力を借りて有名な医者となり成功する。しかしある時、死神を騙して死ぬはずの王様を救ってしまい、怒りをかう。二度目はないと死神に脅されたが、王様の娘に恋をしてしまい、再び死神に逆らって医者は地獄に落連れていかれる。そして、死神は人の命の蝋燭を見せ、医者は自分の残りの命の短さを知らせる。医者は命を延ばすように懇願するが、死神は蝋燭を倒して医者を殺してしまう。
というお話。
三遊亭圓朝の「死神」という落語にもなっているそう(こちらは恥ずかしながら見ていない)
この童話の大切な部分は、神や悪魔と先に出逢うけれど、神は「金持ちに施しをして、貧乏人にはひもじい思いをさせる」という理由、悪魔は「人を騙し誘惑する」という理由で名付け親を断る。
そしてあらすじの通り「誰にも平等」という理由で死神に名付け親になってもらう。なんというアイロニー。
死神が平等なのは人は誰もが産まれ死ぬからだ。どんなに金持ちでも、王様でも、庶民でも変わらぬ平等の死を与える。
それは「時間」も同じことだ。
誰もに平等に時間は与えられ、失われてゆく。
どれだけ悲しい出来事があっても、どれだけの喜びがあって、変わらず明日はやってくる。
そして新たな1日が始まる。
日々を生きるとは、そういうことなのだ。
まさに、
昨日までがどんな一日だったとしても
A New Day 今日もそうだと限らない
だからこそ、ウェンディは今の自分にとって大切なこと、文字を書くことをしている。「一生懸命」に。
そして、その思いはもしかしたら、ある人は気づくことができるのではないか。
語り部
今までのことを踏まえ、優しくウェンディを想う語り部。
誰も気づかない薄い文字。
語り部はどんなに、薄くてもその想いを読み取れる。
「届けてやらねえぞ」なんて冗談も言いながら。
その気持ちを届けるために。
そして、いつの日か。
ウェンディがリングをはめる日が来たら。
想いを届けたい相手に出逢ったら。
その時は、どんな場所でも。
たとえ。
スフィンクス前のポストでも。
シベリア3番街でも。
天安門広場でも。
世田谷通りでも。
だから、その時には。
きっと君の口笛が漏れるような。
そんな想いを。
しっかりと、あの人の名を強く記しなと語り掛ける。
そして、もしかしたら永遠を誓うあの紙に自分の名を書く日がきても、同じように。
そう、強い文字で。
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泣けてきます。
返信削除すばらしい記事ばかり。
ワクワクドキドキしてドームまで体がもたない!
コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。
削除自分もドーム待ちきれません!