2017年1月17日火曜日

ポルノグラフィティ新藤晴一のカフェイン11レポ 2017.1.16放送分 YOSHIKI祭り





今年初めての生放送でした。


ポルノグラフィティ新藤晴一のカフェイン11レポ  2017.1.16放送分



オープニングトーク



寒波の話。

本当に寒いよ東京。


広島では19cm積もったらしい。広島って雪のイメージないもんね。

そんな中晴一さんはベスパ(バイク)を買ったらしい。
可愛いよねベスパ。

「とうとうダウンを買ったが、それでも寒い」


1曲目"ゆきのいろ"



阪神大震災・YOSHIKIとのコラボ話



まさにこれを書いてる今日が20年目の日であった。

晴一さんは防災対策としてあまり準備できてないが発電機を購入したとのこと。
鍋で使いまくってしまっている。

ところで、この人は自分たちのグッズで防サイセットを出したのを忘れている。


バイクの免許の話「吊り橋が難しい」
一本橋のこと?


YOSHIKIとのコラボの話。
ネット放送は地上波のテレビではちょっと緩いし、近い。ポルノはスタジオでやるし、割りかししっかりしている。けどYOSHIKIチャンネルはホテルの部屋を借りたり凄い人数のスタッフがいて緊張したそうだ。


ちらっと見たけど完全にリハなしだったんだね。
とても凄い演奏だった。

「たとえYOSHIKIを知らない人が見てもただ者ではないというオーラが出ている」「会うと『大好きー!』が先に出てしまう」
「"ENDLESS RAIN"はキーを下げた。それは昭仁が低いんじゃなくて、TOSHIさんが高すぎる。キーを1音下げたけどそれでも男としてはとても高い」


晴一さんが花道きてくれるのって昔Xに自分が感動したからこそなんだったんだね。


2曲目"サウダージ"








月刊音話 ザ・ワイド




センター試験の話題から勉強話へ晴一さんは今勉強するとしたら「簿記」を勉強したいそう。
そう晴一さんは言っていたが、簿記を学んでもお金の流れは分からない。


ボン・ジョヴィがオープニングアクトを公募

今そんなことやってたのか。
リッチーいなくなってからすっかり聴かなくなってしまってた。

確かに日本ってオープニングアクト制はないよね。それだけ当人たちを見たい人が集まっているっていうのが大きいけど。


YOSHIKIカーネギーホールに登場

晴一さんマディソン・スクエア・ガーデンでレディオヘッド見た事あるのか!その話の方が気になってしまった。

3曲目Bon Jovi "New Years Day"



心のひとりごと。キツイッター



WBCとゴルフの話。
(この辺の話題が全く分からないので割愛)


心のひとりごと。キツイッター


野球の審判について


サッカーもそうだけど審判によって変わるのは醍醐味かもしれないけど、やっぱり鬱陶しい。



4曲目"THE DAY"











このエントリーをはてなブックマークに追加
 

あの日YUIを見た僕にYUI以上の女性シンガーソングライターは現れない







僕の中の結論であり、この記事で言いたいことの全てである。

後にも先にも僕の中でYUIを越える女性シンガーソングライターは現れない。

結論を書いてしまったのでここからは全て蛇足であるが、結論に至った経緯を話そう。









同世代の言葉




僕はYUIと同世代である。

YUIが1987年3月生まれで、僕は1987年5月生まれ。
つまり2ヶ月しか違わないが、学年でいうと1つ上の先輩ということになる。

シンガーソングライターというのは、古今東西時代の中で生きる自分自身のことを歌う場合が多い。

そうした中で同世代の言葉というには強い感心を抱く。スポーツや芸能人でも同じ年が活躍してたりすると興味が湧いたりしないだろうか。

ちなみに僕はシャラポワとも同い年だが、それを知った母に交互に見られて溜め息をつかれたことがある。


時代を見る上で世代というのはとても大きなもので、上の世代でも下の世代も自分の目線とは異なってしまう。

1987年生まれというのはゆとり世代の第1世代である。上からはバカにされ、下からもバカにされる。
なので、理解してくれるのは同じ世代しかいないのだ。この世に救いはない。

そんな中で


犠牲にできないのは
こみあげる希望 無くしたら また道に迷うだけ

"My Generation"


尊敬できない大人のアドバイス
アタシはあなたみたいになりたくないと思った

"How Crazy"



と歌っているYUIは当時とてもどうしようもなかった自分にはとても輝いて見えた。
今もどうしようもない。助けて欲しい。


歌詞の言葉の選び方などが個人的にはとても好きなバランス感覚であった。
心情を歌うが日記的な書き方ではなくて(そういう曲もあるが)、ちゃんと詩的な詞になっている。





原風景



YUIは2005年にメジャーデビューした。

12年前である。つまり17歳だ。

彗星のように現れたのだ。文字通り。

デビュー曲"feel my soul"に心を掴まれ、2ndシングル"Tomorrow's way"でもう帰ってこれないところまでハマった。







ちなみに"feel my soul"は2012ver.のビデオがある。






この姿を見て惚れない男がいるだろうか。
僕は音楽に関しては好きになったのが遅いので、女性のシンガーソングライターとしては、YUIが初めて好きになったアーティストであった。


CDはもちろん買った。

今はなき渋谷AXに1stツアーを見に行った。

たぶん人生初めてのライブハウス





最高であった。


天使かと思った。


デビュー直後からかなり売れていたが、さらには映画「タイヨウのうた」でまさかの主演・主題歌に抜擢され、一躍時の人にまでなっていた。


自分の中でありとあらゆる原体験や原風景がYUIに詰まっているのだ。

14~17歳で好きになった音楽は一生聴き続ける可能性が高いという。
17歳でYUIの音楽と出逢った僕は、たぶん一生聴いているだろう。歌の上手さががどうこう言ってるやつは一生オペラ聴いてろ。おおん?

この儚さのある声だから良いんだろうが。

興奮しすぎて言葉が荒れてきた。すみません。

人間、思い入れというものは理屈で片付けられないほどの力を持っている。



Thank you My teens




"Thank you My teens"という曲がある。

2ndアルバム「CAN'T BUY MY LOVE」に収録されている曲である。






歌詞のテーマは「二十歳」である。


近づいてる10代最後の日までに
やり残したことがまだありそうで焦る


この曲から約10年あともうちょっとで20代最後の日がきてしまうが、未だにこの歌詞に共感している。

僕はいつになったら大人になるのだろうか。当時とは違う意味で泣けてきた。

10代に感謝を歌った曲であるが、まさに同世代ならではの共感をしてしまう歌詞であった。
「分かる分かるー」という安易な共感ではない。本当に心の底からの共感である。すみません気持ち悪くなってきたのでそろそろ締めます。

そんな経験は、もう二度とできないだろう。

だからこそ僕は言いたい。


女性シンガーソングライターはYUIで始まってYUIで終わる、僕の中で。















このエントリーをはてなブックマークに追加
 

2017年1月16日月曜日

アジカン「リライト」歌詞解釈~日付のないカレンダーの意味とは










このブログでは主にポルノグラフィティとハルカトミユキを中心に歌詞解釈を書いてきたけど、今回はアジカンことASIAN KUNG-FU GENERATIONを取り上げようと思う。

アジカンについては、僕はドンピシャ世代なので昔から毎日ではないにしてもとても聴き込んでいた。
今でも突然アジカン聴きてー!と沸き立つ瞬間が定期的に訪れる。

しかし、ずっと歌詞はなんとなくで聴いていたので「ソルファ」の再録盤も出たことだしあらためて見てみようと思った。
ということで今回は収録曲にしてゴッチが「これ以外も聴けや」と苦言を呈した曲"リライト"を取り上げようと思う。

ちなみに僕が一番好きなのは"海岸通り"である。


リライト/ASIAN KUNG-FU GENERATION 歌詞解釈














テーマ




歌詞のテーマは「求めた未来とそれを掴んだ自分の葛藤」である。

自分自身が求めていたはずの未来、しかし求めていたはずものに辿り着い時、主人公が気づいたのは、そこが自分の限界であることだ。

サビで「君を成す原動力」という言葉が出てくる。

この原動力は今主人公がいる場所へ進むための原動力であった。
だが、そんな未来は尊厳と自由が混ざり合う。

このブログでもちょくちょく書いてきたけど、未来を選ぶ中で選ばなかった道の先は決して知る由はない。

だからこそ、主人公は「選ばなかった道」に希望を抱いてしまう。しかし、そこにはもう戻れないし、あの頃にあった意欲ももう失ってしまっている。
だからこそ主人公はただ叫ぶしかない。




去年のカレンダー、日付がないよ




アジカンの歌詞は全体で聴くとなんとなくでもテーマとかは掴めるが、具体的にフレーズを見ていくと分かりづらいことが多い。

"リライト"の中でそんなフレーズが


自意識過剰な僕の窓には
去年のカレンダー、日付がないよ


だろう。

まず、窓というものから考えると、窓は世界(社会)と自分との間にあるものだ。社会の窓のことではない。意味が変わる。

窓はとても詩的だから、よく歌詞でも使われる。

窓を使ったフレーズで個人的に好きなのがハルカトミユキの"絶望ごっこ"に出てくる。

開けておいた窓に普通の陽が差して
綱渡りをやめてしまった君はつまらない





という歌詞である。みんな聴きましょう。

これも世界と自分との境界としての窓を歌っている。自分は窓を開いて待っているのに、世界は変わらぬまま何も応えてくれないということだ。


"リライト" に話を戻そう。

この歌詞においても窓は自分と世界を仕切っているものであり、自分と世界を繋ぎ止めているものともいえる。

そして「去年のカレンダー、日付がないよ」というフレーズ。

日付は主人公にとって何かを成し遂げたことを指している。つまり「日付がない=何も成し遂げられていない」ということだ。

主人公にとっての達成感というものが「掴んだはずの僕の未来」で終わってしまったのだ。

だからこそ主人公は叫ぶ「リライト(=ReWrite)」したいと。
それが叶わないと知りながら。

それでも主人公にとっては「存在の証明が他にない」のだ。

ということで"リライト"について書いてみた。

余談なんだけど去年「僕だけがいない街」がアニメ化されて"Re:Re:"がオープニングテーマに抜擢された。もちろん""Re:Re: も大好きだしとても合ってたんだけど、"リライト"もわりかし合ってるよなと思う。

まぁ、そもそもハガレンの曲だしね。


【こんな記事もあります】
BUMP OF CHICKEN「スノースマイル」歌詞解釈~君の歩幅が狭い理由
【感想】THE YELLOW MONKEY「Horizon」歌詞解釈 映画「オトトキ」主題歌













このエントリーをはてなブックマークに追加
 

2017年1月15日日曜日

《後編》ポルノグラフィティ岡野昭仁という才能を褒めちぎる記事






昭仁さんを褒めちぎる記事後編である。

前編ではヴォーカル面について書いてきたが、後半では楽曲関連について書いていこうと思う。

ここまででもだいぶ長くなっているので体調にご注意ください。
ブックマークのようにたまに画像挟んでますので見ながら読んでもらえればと思います。



歌詞について




昭仁さんの歌詞はよく「ストレート」であると言われる。

確かに作詞を手掛けた曲を見ると、"Winding Road"や"ワンモアタイム"のように心情やメッセージをストレートに表現している曲が多い。それはヴォーカリストならではの特権であると思う。
そうすると"見つめている"が深刻なことになってしまうがここでは問わないものとする


姉が2人いて女系の家だったため、女の醜態をたくさん見てきて女性に対してのロマンチシズムがなくなってしまい、超現実主義となったそうな。
晴一さんがロマンチストなのに対して、昭仁さんのそういった性格が歌詞にも表れてるのかもしれない。


信じるか信じないかはあなた次第。





一方でもう1つ違った歌詞の特徴もある。


それは"Mr.ジェロニモ"のような散文詞のような歌詞である。
これも違う意味での歌を歌うものとしての特権のようなものである。文脈の意味よりもリズムと言葉を優先させることでの「歌うこと」の気持ちよさを最大限活かした歌詞である。


そして何よりも"Human Being"や"東京ランドスケープ"、"ソーシャル ESCAPEみたいなシニカルな社会風刺は晴一さんのシニカルさとはまた違う視点であり、とても面白い。


それでいて"曖昧な人たち"のような暖かみのある曲も素晴らしい。個人的にはこの曲とても好きだ。「他にも〜」と書き始めたらキリがない。


晴一さんはどちらかというと言葉だけでも伝わるようにという書き方をするが、昭仁さんはそれにとらわれることがない。この2人のそれぞれのバランス感覚がポルノグラフィティの魅力の1つだろう。





昭仁さんの歌詞の凄さでもう1つ思い出したのが(いくつ思い出すんだ)「心情とマッチングしたとき」の楽曲の破壊力である。


失恋した人が聴く"夕陽と星空と僕"を聴くと破壊されるだろう。
幸せなカップルが"光のストーリー"を聴いたら胸を打たれるだろう。
そして大切な人を失った人が"ロスト"を涙なしに聴けないだろう。


これは言葉をメッセージとして直接訴えかけられるヴォーカリストの作詞曲の特権ともいえるだろう。他にも"カシオペアの後悔"や"バベルの塔"のようなファンタジックな歌詞もいいし、あぁ字数がいくらあっても足りない。









作曲




特に近年のポルノグラフィティにおいて昭仁さんの創った曲はとても重要なファクターとなっている。

ファンの中でも人気の高いシングル曲"今宵、月が見えずとも""2012Spark"のようなヒリヒリとしたような感覚のメロディは、現在のポルノグラフィティにとって大きな武器である。




それと同時に"ギフト"や"リンク"、最近の中では一番のヒットチューンとなった"オー!リバル"のような普遍的なポップスも作っていて、本間さんから離れた後のポルノグラフィティを支えている。


特にクレジットで作曲岡野昭仁、作詞新藤晴一という組み合わせを見るとワクワクするファンは多いんじゃないかな。


今でこそこれほど多彩な楽曲を作っているが、一時期(アルバム「WORLDILLIA」~シングル「音のない森」辺り)は本当に鬱な曲ばかり作っていてファンは心配していたものである。



好きなエピソード







書くことはたくさんあるのだが、いくら岡野さんが好きなファンでも、前後編読んできてそろそろ疲れてきただろう。

なので、最後に昭仁さんに纏わる好きなエピソードをいくつか。


・酔っぱらって「ふえるわかめ」を浴槽に入れたことがある、しかも入った

・女子高生に「あれ、ポルノの昭仁じゃない?」と気付かれて顔まで確認されたのに「違うと思う」と言われる


・ライヴ会場そばの本屋でファンが沢山いたはずなのに、普通に買い物してた


・ライヴのアンケートでファンから「昭仁さんは焼き鳥のぼんじりに似ている」と言われたことがある

※参照
【レポ】OPEN MUSIC CABINET in さいたまスーパーアリーナ(再掲)


・ズボンのチャックが開いてるのは当たり前、ライヴ中に股の部分が破けて晴一にガムテで直してもらう

※参照
【レポ】8th LIVE CIRCUIT OPEN MUSIC CABINET 横浜アリーナ day.2(再掲)


・マンガ好き。めちゃくちゃ明るく楽しい"ミュージック・アワー"のPV撮影中に『人間交差点』(暗いトーンの人間ドラマ)を読んでどよんとしていた





といった感じで書いてきたけど、やっぱりポルノはどちらも素晴らしく素敵なギフト(才能)を持った人たちだなぁと思う。

これからもポルノグラフィティを引っ張っていってくれる昭仁さんに期待しよう。

長々お読みいただきありがとうございました。













【関連記事】
【ショートストーリー】株式会社ポルノグラフィティ新入社員の岡野くん
歌詞における表現とは何か、日常を切り取る目線
もしもポルノグラフィティがゴリラだったら









このエントリーをはてなブックマークに追加
 

2017年1月14日土曜日

《前編》ポルノグラフィティ岡野昭仁という才能を褒めちぎる記事






僕は反省していた。

このブログの中心はポルノグラフィティである。割合でいうと記事全体のうちの3分の1はポルノ関連の記事だ。

その中で僕は反省しなければならなかった。

あまりにも、岡野昭仁という人間をなおざりにしすぎていたといいうことを。

いつものように長めで読むの大変だと思うので要所要所で画像挟んでます。



岡野昭仁の扱いを反省








このブログは2016年5月に開設、本来はギタリストの機材紹介がメイン、になるはずだった。
それがいつしか歌詞の話を書き、都市伝説まで書いて、しまいにはなぜか昔話の疑問点まで書く何でもありのブログとなった。

ギタリストの機材ということで、主立ったものは晴一さんの機材についてのものであった(昭仁さんの機材についても書いてはいる)。
そして、途中から書き始めた歌詞解釈の記事も今のところは晴一さんが作詞しているものだ。

ポルノグラフィティは(現在)2人組である。

昭仁さんも晴一さんも(本当はTamaさんも…)なくてはならない存在である。


それなのにこのブログは晴一さんの話題ばかり書いてしまっていた。


ということで、岡野昭仁という才能を褒めちぎる記事を前後編に分けて書くこととした。
すっかり言い訳の前置きが長くなってしまった。

ビールでも飲みながらお楽しみください。











岡野昭仁という才能




まずは本職であるヴォーカリストとしての才能からだ。

昭仁さんの声質はまさに唯一無二のものだと思う。特徴的な声はファンでなくても聴けば「あ、ポルノだ」と分かるだろう。

昭仁さんのヴォーカルはいわゆる歌唱力の高さを売りにしているというタイプではない。


しかし「ポルノグラフィティは岡野昭仁の声でなくてはならない」という絶対的な説得力がその声には備わっている。


ちょくちょく書いてきているが、アーティストにとって歌唱力があることも大切ではあるけど、それよりも大切な武器となるのは強烈な個性である。

仮にMr.Childrenのヴォーカルがオペラ歌手のごとき歌唱力だったらどうだろうか?絶対売れない。ミスチルは桜井和寿だからミスチルなのである。


一声聴いただけでその人と分かる声、そして決して真似できない個性こそがアーティストの武器なのだ。

昭仁さんもその1人である。たまにモノマネの人とかもいるけど、やっぱり厳しいなと感じる。

大丈夫だと思うけど、捕捉しておくと昭仁さん歌は間違いなく上手い。
だてに「喉からCD音源」といわれていない。






昭仁さんの歌を語る上でもう1つ外すことができないポイントが「滑舌の良さ」である。

「普通に喋るとカミカミだが、歌うと圧倒的な滑舌の良さ」
「歌詞をよく間違える」


この辺りは、もはやファンじゃなくても知っている人いるんじゃないか。

「滑舌の良いヴォーカル」というのはまさにポルノグラフィティの2大ヒット曲である"サウダージ"と"アゲハ蝶"で強く表れている。
「歌詞を間違える問題」はあらためて書きたいなぁ。




ファンからするともう1つ挙げたい魅力があって、それはライヴでの圧倒的な歌声ではないだろうか。

ここの線引きは難しいんだけど、決して最後まで声が衰えないということではない。どうしてもライヴ終盤になってくると辛そうになる瞬間はある。特に最後のバラード曲などは顕著だ。

しかし、ライヴの終盤。ひたすらアグレッシブな曲が立て続けに演奏されても昭仁さんは走り回ったり客を煽ったりしながらも歌声は決して衰えないで力強いままである。
むしろ年々凄みを増しているとさえ感じる。


当然ながら人間は年々体力が低下していくものだ。
だから普通であれば年を取るほどヴォーカルは動けなくなってくるのだが、昭仁さんは今でもストイックにトレーニングをして肉体的にもヴォーカルにもまだ磨きをかけている。


曲目も未だに"真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ"みたいなアグレッシブな曲作ってるしね。


後編に続きます!











このエントリーをはてなブックマークに追加