2018年3月7日水曜日

楽器演奏用の防音室に自宅をリフォームするなら改装費用はどれくらい必要か(リベンジ編)





音楽を愛し、楽器(ここではギターとする)にまで手を出してしまった者の末路、そして将来的な悩みは楽器を弾く環境だろう。

日本の住宅事情ではトランジスタアンプですら”ちゃんと”鳴らそうものなら苦情ものである。ヘッドホン対応のアンプなりも今は売っているが、やはりとりあえず音量を上げまくったギターに心は痺れるのだ。

楽器を弾かないまでも、音楽を聴くことだってなるべくなら二軒先から苦情がくるくらいのしっかりした音量で聴きたい。

それに映画も出来れば、素晴らしい音で聴きたいものである。

ということで、もしも将来的に自宅を防音室にリフォームする場合、改装にどれくらいの費用が掛かるのか、調べてみることにした。以前このテーマで書いたことはあったのだが、読み返したらあまりに「内容薄い」と我ながら思ってしまうものだった。

まぁこれ↓はミュージシャン専用マンションを知ってテンション上がって書いたからなぁと。

プライベートスタジオに改築すると予算はどれくらい必要なのか調べてみた


これも含めて夢のまた夢ではあるが、言うのはタダである。

マンションの場合、持ち家の場合等いくつかのケースが想定されるので、やるからには今回は徹底的にやってやろう。

以前は生ドラムが叩けるくらいの防音性という設定にしてしまったが、今回はギターを真空管アンプで鳴らしても大丈夫な部屋というテーマにする。ドラムは電子ドラム想定とする。

その前に少しだけ防音について。

人間の会話音は約60dBほどと言われ、ギターに関してはアコースティックギターで80~90dBくらいの騒音レベルとのことだ。

そして、部屋の中での快適な騒音レベルは40dB以下が目安とされている。つまり防音室を設けるにあたって、この40dBをひとつの基準に考えるといいようだ。

詳しくは下記のサイトを参照していただきたい。

音の大きさdB(デシベル)について



マンションやアパートの場合



一軒家であれば、多少は融通が利くのかもしれないが、マンションやアパートは部屋の広さや、その防音性に関してはかなり制限が多い。
賃貸はさすがに厳しいので分譲の場合を想定する。

まず、マンションの場合は何よりもマンションの規約として楽器の使用についての明記次第である。大丈夫であっても、改装にあたり壁や窓などの工事があるので、その内容が規約に引っ掛かるか否かが重要らしい。

防音室の特性として、機密性が高く、マンションなどコンクリートの建物は湿気との闘いとなる。空調や換気扇、窓などの工事が引っ掛かるかかどうかは特に注意が必要とのこと。

振動や音が伝わりやすいからこそ、生活音に関しても日頃から注意しなけらばならないので、ある程度の防音設備が取り入れられれば、そのストレスが緩和されることにも繋がるのではないかと、ふと考えた。

そうして見ていたら、やはりそういう用途として防音をするという人もいるようだ。特に小さなお子さんのいる家庭では、泣き声や遊ぶ時の音などに気を遣ってる親御さんたちも多いのではないだろうか。


価格については様々な施工例を見たところ6~8畳くらいのケースが多い。そして、価格としては2~300万円の間くらいが多く、その辺りが相場のようだ。

上で触れた生活音に対する防音だけであれば、それよりも価格は下がるようだ。
それでも安くはないけどね。








一軒家の防音室改装




一軒家については2つに分かれる。
新築の際に防音の施工会社も交えて施工する場合と、既に建っている物件の改装である。

新築の場合は新しい建築する時にハウスメーカーと防音工事の業者を交えてあらかじめ防音室の対応をしていく方法と、建ててから(或いは建て売りの場合)リフォームする形がある。

新築時に防音工事の業者を交えてやれば解体費等は掛からないそうだ。ハウスメーカーから防音業者を指定してくる場合があるそうだが、金額面や工事実績などを踏まえ、最終的には信頼できる業者を自分でしっかり選択し任せる方が懸命だという。

ということで屋上屋を架すようなことであるが、事例を見ていた。


2階をシアタールームにリフォーム。エレキ楽器演奏などもできる家族で楽しめる部屋





あったよ!ケンちゃん
理想の部屋が!


価格は載ってませんが、約16.4帖(約5坪)ということで4~500万円くらいでしょうか。

音楽、楽器、映画趣味にとってまさに理想の部屋だはないか。こんな部屋、欲しいわ。

ここまで改装を前提に見てきたが、一応最後に防音室についても触れておく。



防音室




防音室




費用面だけで行けばリフォームするよりも余程リーズナブルなのだが、よほどの広さの家でなければ一般家庭であれば確実に邪魔以外の何物でもない。

部屋の片隅にこれがあったら間違いなく嫁に良い顔されない。

費用の目安については、以下を参照いただきたい。







それでもアンプをしっかり鳴らしてギターを堪能するには、あればあるで助かる設備ではないだろうか。
以前とあるお店の試奏場所として使ったことあるが、若干圧迫感と長時間いると息苦しさを感じたことはここに記しておく。


ということで、防音に関して調べてきたが、やはり普通のサラリーマンには相当にキツい金額である。

500円貯金しよっと。










【関連記事(?)】
「ギターとはワインである」 ~ギターの"良い音"論争に終止符を
初めてのギターはどのくらいの値段のものを買えばいいか
「ギブソン倒産報道」「ギター撮影専門誌発売」他 最近見たギター関連ニュース、話題まとめ










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2018年3月6日火曜日

星野源「ドラえもん」(映画ドラえもん のび太の宝島主題歌) 感想と歌詞に込められた"今"






星野源のニューシングル「ドラえもん」がリリースされた。

いつもなら感想を、となるのだが最初に断りを入れておくと、今回の感想は不完全である。
なぜかというと、こう書いておけば、さも今までのものが完全に見えるからだ。嘘である。

本当の理由としては、今回のシングルが全面タイアップしている映画「ドラえもん のび太の宝島」を僕は未見だからだ。
これだけタイアップを強く全面に押し出されては、本来なら映画を見て書くべきなのだ。


しかし、それでも感じるところがあり、ドラえもんの本質的テーマを踏まえた感想を記録として残しておくことにする。

本質的テーマと難しそうなことを書いたが、このブログを読んだことがある方はご存知のように、管理人の知性はのび太レベルなので、ご安心を。

本当なら号泣した"ここにいないあなたへ"をはじめとしたカップリングたちにも触れたいが長くなってしまったので、またあらためて。





ドラえもん








一見で誰しもが二度見するほどインパクトあるタイトルだ。

しかし、以下に転載するコメントを読めば、その理由が腑に落ちるのではないだろうか。


作品のタイトルを曲名にすると、世界観の狭い曲が出来上がってしまう可能性があると思うんですが、『ドラえもん』という言葉は、日本人がほぼ100%知っているでしょう。たとえば『恋』や『愛』というとってもポピュラーな言葉よりも知っている数が多いわけです。


今ではJ-POPのアーティストが曲を書くというスタイルが定番だが、想像してみれば昔のアニメの曲といえばタイアップのために創られる曲が当たり前でった。たとえばドラゴンボールの"魔訶不思議アドベンチャー"などを思い浮かべれば良い。

『ドラえもん』はあまりに国民的な存在であり、まさに老若男女に愛されるキャラクターとして認知されている。仮に原作やアニメに触れていなくても、この青いキャラクターはドラえもんだと誰もが分かるということは、本当にとんでもないことなのだ。

つまりは今回の映画を見ていなくても、誰しもがドラえもんという存在を大なり小なり認識しているからこそ成り立っている曲なのだ。

歌詞としてはドラえもんのモチーフが散りばめつつ、なるべく平易な言葉が使われている印象だ。
しかしながら、とても胸に響くフレーズがある。


背中越しの過去と
輝く未来を
赤い血の流れる
今で繋ごう
僕ら繋ごう


前作"Family Song"においても特に強調されていた「繋ぐ」というキーワード。ドラえもんはまさに過去と未来を"繋ぐ"存在としてのび太の前に現れる。

さて、ドラえもんはいつの時代の物語だろうか。

未来の話?昔の話?いやドラえもんは「今」の物語なのだ。










今を繋ごう




そもそも何故ドラえもんはのび太のもとへ来たのか。

それはのび太の子孫であるセワシが事業の失敗で借金を作り上げた未来ののび太の過去を変えるためである。文字にするとややこしい。

要するに、しずかちゃんと結婚して借金のない生活を送るというルートにするために、セワシは小学生ののび太にドラえもんを送るのである。つまり「今を未来に繋ぐ物語」なのだ。

ドラえもんはひみつ道具でのび太を幸せにするための存在ではない、のび太を"成長させ"幸せにするために存在するのだ。

そこから「今をしっかり生きることで未来に繋がる」ことが作品テーマを受け取ることができる。なので僕のようなドラえもんを読んで「アンキパンがマジで欲しい」と願うような自堕落な人間が語ってはいけないのだ。

※注
アンキパンとはドラえもんのひみつ道具のひとつ。見た目は普通の食パンだが、これを本やノートに押し付けると文字がパンに写り、そのパンを食べるとその文字が記憶されるというもの。学生時代にはみんな欲しがるがそんなに食パンを食えるわけがない


話を戻そう。

「今」というキーワードは最近の星野源関連でも出てきた。

夢の中から 水の底から
手を伸ばし君の 手のひら繋いだ
いつか目の前 たどり着けたら
苦い思い出を 笑える頃かな
未来を超える 今 、 今 、 今
ほら 今 、 今 、 今

関ジャニ∞"今"




あ、これ星野源じゃなくてニセさんの曲だ!



ちょっとそこ触れ出すとキリがなくなってしまうので、今回は目を瞑ってもらいたい。

この曲のテーマは限りなく"ドラえもん"と近い。

過去と今、そして今と未来を繋ぐこと、それは近年の星野源にとって欠かすことのできないテーマである。
自分が過去、影響されたものたちへの敬意、それを受け止め、次の世代に繋げようとしている。

だからこそ星野源は様々な顔を見せる。音楽家として、役者として、文筆家として、ラジオパーソナリティーとして。

あちこちから声が掛かっているというのは重々承知の上だが、これほど彼が積極的に活動しているのは、少しでも多くの人に未来を繋げたいからではないだろうか。

自分が受け取ってきたものたちを咀嚼し、新たなものを生み出す。

ありとあらゆる手段(道具)を用いて、あらゆる人に影響を与えて今と未来を変えていく。


星野源こそ現代のドラえもんなのではないだろうか。






【関連記事】
【感想】星野源 10thシングル「Family Song」ドラマ『過保護のカホコ』主題歌
【感想】星野源『いのちの車窓から』 アンチにだって読んで欲しい一冊

星野源の好きな歌詞をピックアップして語り倒していいでしょうか












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2018年3月2日金曜日

「ギブソン倒産報道」「ギター撮影専門誌発売」他 最近見たギター関連ニュース、話題まとめ







最近いくつかギターに関する話題を見たけれど、ひとつの記事に起こすほどのネタでないものばかりなので、それならいっそひとつにまとめて書いてしまえ、ということでピックアップしたい。



ギブソンに倒産危機騒動




ギブソン、倒産する可能性があることが報じられる
NMEJAPAN


有名ギター・メーカーのギブソンが倒産する可能性があると報じられている。



記事内のコメントを引用すると。


「年間10億ドル(約1060億円)以上の収入のある、ナッシュヴィル拠点のこの楽器メーカーが直面している状況は正常とはかけ離れています。CFOのビル・ローレンスは1年を経たずして会社を離れており、6ヶ月後には3億7500万ドル(約400億円)の担保付き上位債が支払期日を迎えます。それに加え、2013年に借りたこの債権が7月23日までに解消されない場合、さらに1億4500万ドル(約155億円)の銀行ローンも支払期日を迎えるのです」


つまりは、10億ドルの収益に対して、債権の支払が5億ドル以上を占めてしまっているというものだ。

更には「株や不動産といった資産が不振の他、家電事業などの採算性が伴っていないとのこと。
現時点では非採算事業を見直し、マネタイズを行っていくとの声明を発表している。



コラム:米ギターの名門ギブソン、破産法申請不可避か



ロイターのコメントでは新たに購入する層が少ないばかりでなく、質の良いギターを生産していることで、逆に買い替えの需要がなくなってしまっているとの指摘も。

確かに未だに1950年代のギターがヴィンテージとして重宝されてるしね。

以前晴一さんも言っていたが、1980年代とか今までクラシックの扱いではなかったギターたちが、年を重ねるごとにヴィンテージとなっていく時代である。

そうした要因もありつつ、結局はギターに憧れるようなバンドミュージックが衰退気味になってしまったことが最も大きいだろう。

その減ったパイの中でPRSのようなハイエンドが人気になっていたり、ライバルであるFenderとの競合(Fenderも業績不振だが)など、シャアの奪い合いも関係ありそう。












ギターマガジンより「ギターを綺麗に撮影する」というマニアック過ぎる雑誌が刊行





「ギター・マガジンが本気で教えるこだわりの愛器撮影テクニック」







という控え目に言って頭のおかしい雑誌が発売されている。

僕ですか?もちろん買いました。

いくらなんでもマニアック過ぎるだろとは思いつつも、先日カメラを新しく買ったこともあり、思わず手に取っていた。

ギターをここまで拘って撮影する必要がどこにあるだろうか、いやない。だが、この本に惹かれてしまったのは、根底にギターはなんて美しいのだろうか、という想いがあるからである。病院には後で行きます。


せっかくカメラがあって、"それなりの本数"のギターがあるので、撮影のひとつでもしたいではないか。

内容については一眼レフの基礎知識「絞り」「シャッタースピード」「ISO」講座から始まる。

そこから先は「どうすればギターを美しく撮影できるか」ということがひたすらに並んでいる。この見本写真がどれも素晴らしくて、それを見るだけでもこの本を手にする価値はあるのではないだろうか。

いくつか屋外で撮影しているものもあるのだが、これを実践しているのを端から見ていたら通報されないだろうか。男が独りでニヤニヤしながらグラビア撮影をしているのである、ギターの。

ということで、ギターを美しく撮影してみたい!というニッチな欲求を存分に満たしてくれるこの雑誌。

2700円と普通に考えても高いですが、見かけたら是非手に取ってみてはいかがでしょうか。





ERNIE BALLからエクスプレッションペダル・タイプのオーバードライブが発売



ありそうでなかった!ERNIE BALLからキンキラキンのすごいやつ登場!



最後は軽めの新製品ニュース。


ERNIE BALL(アーニー・ボール)からペダルタイプのオーバードライブ


EXPRESSION OVERDRIVE #6183






が発売。

裏のツマミで下地を作り、ペダルの踏み込みによってドライブ量が変化するというもの。







確かにありそうでなかった発想である。
場所を取って重そうだけど、これ1台あれば様々な曲に対応しやすくなるのではないだろうか。

歪み加減ならギターのボリュームいじれば良いんじゃね?ということは皆黙っておきましょう。


【ギター関連記事】
エリック・クラプトン ギターの売り上げ減少に「多分、ギターは終わったんだろう」
ギターは金融資産になりうるのか ローズウッド輸出入問題
ギターの神様は神経損傷 あと、少しクラプトンについて書かせて欲しい










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2018年2月21日水曜日

歌詞提供にみる"作詞家"新藤晴一






ここ最近でいくつか新藤晴一の歌詞提供のニュースが続いた。どれも面白いアプローチの歌詞ばかりで、すっかりギターを差し置いて歌詞研究ブログと化した当ブログも注目しないわけにはいかない。

新藤晴一にはいしわたり淳治くらい作詞家としての側面を評価されるべきと過激派として思うわけで。

だからこそ早く関ジャムで2週に渡ってポルノグラフィティ特集をしてほしい。



関ジャニ∞"応答セヨ"







ポルノファンに訊いた「関ジャムに出て欲しいポルノグラフィティ」アンケートで堂々の1位のポルノグラフィティ、そんな中、新藤晴一は関ジャニ∞のシングル曲の歌詞を担うことになった。
※そんなアンケートはありません

タイトルは「応答セヨ」でメンバーの丸山隆平の主演映画「泥棒役者」の主題歌である。

これの歌詞が、どこに石を投げてもぶつかるくらい新藤晴一印である。

特に2番は秀逸な比喩表現のラッシュである。


猫のあくびが 途絶えた頃には 三日月のライトの 紐をそっと引っ張る 暗闇の中 聞こえる鼓動は モールス信号みたい 自分へのメッセージ

垂直ジャンプ 0.5秒 20 センチ しょぼくてゴメン それだって空に近づいたと言い張っていいでしょ?


言葉フェチ、とりわけ比喩・暗喩フェチの僕としては、生まれたことに感謝するレベルの孟連打。呂布かよ。


"グラヴィティ"を彷彿とさせる「三日月のライト」なんて使われていて。どうしてくれる。大好き。

ジャニーズの曲として、彼らの勢いを失わせないように気にかけながら、それでも託された分「自分なりの判子を押しておきたかった」というバランスの歌詞。端的にいえば、どこまで自分の作家性を出すかというバランスだろう。

結果的に歌詞に含まれてるメタファ要素は新藤晴一ましまし全乗せである。

君がどんな人なのか、考え始めるとこの記事終わらなくなるので、ここでは一旦割愛。いつかやるかも。



中森明菜 "ひらり-SAKURA-"








少し前の曲であるが、紹介しないわけにはいかない。サポートメンバーでお馴染みの宗本康兵が作曲を手掛けたナンバーである。


作曲を担当したことのツイートへのリプライ。この時は同じシングルに収録される曲だが別の曲のことである。
タイミング的に内定はしていてプロレス的なおふざけではないかという説もある。

さて歌詞について所謂「桜ソング」である。新藤晴一×宗本康兵でいえばポルノグラフィティの楽曲では2013年発表のベストに新曲として収録された"ひとひら"があるが、約3年でまた新たな桜ソングが誕生した。
幼少期の憧れの存在であった"明菜ちゃん"への提供とあって、歌詞も気合い十分である。


散るがさだめならば河に落ちゆけ桜よ 地に落ちて汚れてはいけないの 薄い紅の帯のような流れに紛れて 彼の海にたどり着け 揺蕩うまま 私を待っていて 桜


歌詞に芥川賞はないですか。誰か新藤先生にお願いします。

地に落ちて終わってしまう"彼"への想い、それが河に落ちて流れたなら、いつか"彼"に届くかもしれない。
「桜散る」は定番だが、散った花に焦点を当てた桜ソングはそんなに多くないのではないだろうか。








中島愛 "サブマリーン"








まず作曲がRasmus Faberかい。そこにビックリだよ。
それに新藤晴一の歌詞乗せるなんて、フォアグラにキャビア状態。

"サブマリーン"と題された曲。
タイトルの通り潜水艦がモチーフとして登場するけれど、それは心を表している。

外の世界(現実)において、主人公は辛い日常を過ごしている。学生のようでもあるけど、最後に「大人の微笑み」とあることから、むしろ普段からはテキパキとしていえ、人からは仕事ができる女性であると思われている姿が想像される。

そのため、逆に目をつけられて誹謗中傷の対象となってしまっているのではないだろうか。可哀想だ。守ってあげたい。黙ります。

そんな主人公であるが、ベッドの上で一人、その弱さを見せる。心に沈めたサブマリーンの中、辛い感情をそっとしまう場所。
ポルノの曲でいえば最近は"MICROWAVE"において「僕の頭は冷蔵庫」とレディオヘッドみたいなことを言い出したのが記憶に新しいが、こうした抱え込んでしまった感情を表すモチーフを活かすのが本当に上手い

人からしっかりとした人だと思う人ほど、実は弱さも抱えている。こういった女性像は新藤先生本当にお得意ですよね。

恋する人を思い浮かべ、その声を聞きたくて。それでも心のサブマリーンを抱えて、日々リアルの街を歩いていく。




May'n "モンスター"







時計の形を円に決めたのは誰だろう 端と端は決して繋がってない
螺旋は縺れながらも 風にさらわれては不吉なモニュメントを作る
それがここさ


ご馳走さまです。涎が止まりません。

所謂「モンスターもの」の歌詞にまた新しい一石が投じられた。
歌詞のモンスターは何を指しているのだろう。あなたへの消えぬ想いだろうか。

「時」の描き方が本当に鮮やかですね。

「時という名の毛布」や「時という名のガーゼ」など、時はいつも全てを包みこんでいるというニュアンスを描きつつ、映画の序章や流行歌のように、過ぎ去ってしまうものでもあるという歌詞。

そこにトドメのような上記のフレーズである。


時は流れていき、今も続いている。時計の円のように、一周回って元の場所に戻ることはない。
こうした視点の妙をやらせたら、もうさ、ありがとうございます。



ということで4曲見てきました。

自分に振られた以上は、しっかり期待に答えつつ、しっかり刻印を残しているような歌詞ばかりですね。


早くポルノでセルフカバーしてください。



【関連記事】
【名曲アルバム③】Buzy / パシオン(作詞:新藤晴一 作曲:本間昭光)
バニラのにおいがするタイニーな女の子に勝てるポルノグラフィティの女の子は誰だ選手権
LiAR歌詞解釈~揺れてるばかりの記憶のあなた










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2018年2月18日日曜日

【レポ】ハルカトミユキ 溜息の断面図 TOUR 2017-2018 種を蒔く~花編〜final @恵比寿LIQUIDROOM





ハルカトミユキ
溜息の断面図 TOUR 2017-2018 種を蒔く~花編〜
final @恵比寿LIQUIDROOM



都内では降雪の予報。昼まで降り続いた雪の後に、恵比寿LIQUIDROOMにてハルカトミユキのツアーファイナルを見た。

種編には残念ながら予定が合わず行けなかったため、前回の野音以来のライヴとなった。前回の野音はどちらかというと5thAnniversaryの最後のお祭りといった様相だったので、アルバム「溜息の断面図」の世界をしっかり引き連れたライヴはこのツアーでようやく実現した。

後述するが、セットリストに関しては意図的にと感じるほど野音と裏表の構造になっていた。野音でやらなかったアルバム曲含めも、ようやくアルバムの全容を堪能することができた。

1曲目はアルバムのラストナンバーである"種を蒔く人"。ハルカ、ミユキの2人だけの演奏である。
あえてこの曲がライヴの頭に持ってきたことが面白い。行けてないが、種編ではこの曲が最後の1曲だったとのことだ。つまり、種編から地続きであること、蒔かれた種の行く末としての今回の花編ということの象徴として、これほど相応しい始まりはないだろう。




バンドセットであることを印象づけるように"ニュートンの林檎""バッドエンドの続きを"など定番のアップチューンが立て続けに披露される。それにしても聴くたびに音が厚くなっていくバンドだ。

「あらためましてハルカトミユキです。」

という挨拶から、アルバム「溜息の断面図」の曲たちを多く披露する旨が伝えられる、宣言通りここからはアルバム曲が立て続けに演奏された。

"Sunny, Cloudy"、変わらぬものと変わってしまったものの歌、決意の歌。まさに今のハルカトミユキを表すような曲だ。
そういえば、この曲の歌詞について、書きかけて止めてしまっていたのがあるので、早いうちに書き上げねば。

続くのは"Fairy Trash Tale"
あぁ、ようやく聴けた。

「溜息の断面図」で最も好きな曲でこれを聴くことが悲願でもあった。城戸紘志のカウントからもう「来る」とうっすら肌で感じて分かってしまい、思わず身構えてしまった。
これほどまでに「どのフレーズを切り取っても好き」という中学生の恋愛のように盲目になってしまう曲と、2017年にもなってまだ出会える喜びはない。

フォーク色全開の"僕は街を出てゆく"へ。この3曲の流れはどの曲も「旅立ち」を連想させる曲たちだ。
《夢からさめないままに / 眠ってる景色に手を振った》というフレーズ、眠ってる景色とは、つまり眠っている街であり、変わらない街という意味も込められているだろう。

フォークソングというのはとても「日常」や「生活」に根付いてるものだ。ファンタジーのようでいながらそれは毛布の中の夢の世界、そして最後に《おとぎ話を買いに行く》というフレーズを残す"Fairy Trash Tale"と実は根底では通ずるものがあるなと、この流れで聴いて感じた。

"WILL(Ending Note)"。これもライヴでは初聴きとなったのだが、「溜息の断面図」からの曲としては最も白眉であった。CDとは比べものにならないほど演奏の熱量が高い。音源で感じとれる切々とした想いを何倍にも増したような印象だ。




サポートメンバーが一度掃けて、ハルカ、ミユキだけのセットへ。ここは日替わりで毎回違う曲を2人で演奏していたそうだが、この日は昨年末に急遽デモとして届けられた新曲"どうせ価値無き命なら"が初めて披露された。

明日には枯れる花も可能性と名付けよう
どうせ価値無き命なら何に怯えるんだろう
当たり前のように風は冷たいさ
生きてやろうよ


いしわたり淳治曰く、作詞家にとっての使命は「どれだけ今までにない新しい表現をすることができるか」ということらしい。たとえばラブソングであれば、どれだけ表現を変えて「愛してる」を言えるかというところに作詞家としての技量が問われるのだ。

そうしたように、ハルカトミユキは何度も「生」を歌ってきた。様々な形でそれは届けられてきた。思い浮かんだのは"未成年"における一人蟻を弔う子、そして"君はまだ知らない"における《奇跡なんてないよ / 生きるしかないよ》というフレーズ。
この"どうせ価値無き命なら"では《奇跡なんていらない / 生きてやろうよ》という言葉にも聴こえた。そう、奇跡を祈ることはもうしない。


などと、色々うちひしがれながら考えていたが、その答えはこの後の展開で氷解することになる。

「もう1曲ミユキと2人でやろうと思います。この曲は今まで野音でしかやったことなくて、このツアーで初めて野音以外で、2人だけのアレンジだけど演奏します」

その言葉から始まったのが"LIFE 2"だ。
《だけどまだ時間がある / あたたかい命がある》このフレーズはまさに"どうせ価値無き命なら"を受けて更に力強いものとなっている。バンドアレンジも良いがピアノとアコギと歌というシンプルな音の構成だからこそ、その言葉と歌声がより深くに届くものがあった。

"どうせ価値無き命なら"の前、ハルカはこう語った「どうせ生まれて、どうせ死ぬなら」と。
どんな辛く苦しい日々があろうと、まだあたたかい命がそこにある限り《それでも いいさ いいさ / それだけで いいさ いいさ》と生きていける。過去でも未来でもない、今この時を。

"光れ"において電車が走り続けるように、"Sunny, Cloudy"において戻らないものを置いてそれでも生きていくように、そんな生きていく者全てを「肯定する」んだと歌ってきたのだ。


優しいピアノから"手紙"。昨年野音で初披露され、その後配信されてから何度も繰り返し、よく聴いていた。
残された者を綴った歌詞、それはこの流れで聴くと生きてゆくことへの強き決意となって響く。本当に素晴らしい名曲だ。

バンドメンバーが戻り、ツアーについてのMCが挟まれる(※"Pain"の後だったかも)。ツアーに合わせて花を育てようとしたが、片や時間が掛かると分かり断念し、片や「だって最後は食べられるものが良いじゃん」とニンニクや生姜を育てようとしたという。











ここからライヴは後半戦となり、この穏やかな空気は"Vanilla"以降完全に違うものとなってゆく。
個人的に、野音で聴いて以来"インスタントラブ"が更に大好きになってしまい、今回また皮肉たっぷりに歌うその姿に心を射たれた。


「私たちなりの花を咲かせてやります」"終わりの始まり"。まさにタイトルの通りに「溜息の断面図」の曲が"終わりの始まり""Stand Up, Baby""わらべうた"と立て続けに演奏された。
まるで狂えないと壊れていく様のように、まるで思考が停止していくかのように、その「狂えないという狂気」は増していく。




その最高潮に叩きつけられた最後の曲こそ"近眼のゾンビ"である。拡声器を手に客席横の柱に登り叫ぶハルカ、客席へダイブするミユキ。最初ハルカがギターをミユキに渡し、最後でミユキからまたハルカにギターが戻るという流れがもう熱くて。
「私たちなりの花を咲かせてやります」と言っていたが、どう考えても「花」ではなく「華」という字が似合うと思わずにはいられない瞬間だ。

興奮しすぎて記憶が薄いがその後に「○○の凡人ばっか」や「△△ばかりのキチガイばっか」と歌詞が追加されていて、よりその刃は鋭くなっていた。





"わらべうた"や"近眼のゾンビ"における主張は、最初"どうせ価値無き命なら"と相反するものを感じていたのだが、考えていくうちに何も相反していいのだと気づいた。
それは"近眼のゾンビ"や、古くは"プラスチック・メトロ"において書かれる「ゾンビ」とは思考停止して、ただ息をするだけの存在だからだ。そんなゾンビと生命を全うしようと日々を「生きて」いる存在、それは明らかに違う存在であるのだ。

もうゾンビになった人間たちには「あたたかい命」などないのだ。それでいいのか?という痛烈な一撃がこの展開には宿っていた。

アンコールで披露されたのは、このツアーのために書かれた"その花の名前は"
吉田拓郎を彷彿とさせる、とてもフォーク色の強い新曲だ。この曲があったからこそ、花編と名付けられたツアーが完全となったといっても遜色ないだろう。


途中のMCで「種編、花編と謳ってツアーを回ってきたが、じゃあ花ってなんだ?と。言わなくてもいいから、みんなも考えてみて。たぶんみんなそれぞれ思い浮かべるものは違うと思う」と語っていた。

花とはなんだろうとライヴが終わってからずっと考えていた。
花というものは自分の中で「巡り続ける」ものの象徴だ。花は枯れても、その種を地面に落とし、次の春にまた新たな花を咲かすように、終わらない、繰り返すものの象徴だ。

そうした時に自分は花を音楽に重ねずにはいられない。蒔かれた、音楽という名の種子は受け取った人の中で育まれ、それぞれ花となって咲いていく。
それはいつしか時代を越えて受け継がれ、いつまでも消えることはない存在となる。

種を蒔くという行為と、音楽を作って人に届けるという行為に通じるものはないだろうか。



花について、ライヴ前に書かれたブログを少し引用する。



私が毒に惹かれたのはどうしてか。

それは明確で、愛されたかったんだと思った。
毒を隠し持つことで、嫌われることもあるだろうけど、そこに集まってくれる誰かに深いところで愛されたかった、それだけだと思った。
私は、愛されるために嫌われたい。

HARUKA's Blogより


これを読んで、花とはということを考えた。

花はなぜ綺麗なのか。ブログでも少し触れていたけど、自分なりに捉えてみる。
花はなぜ美しいのか。それは受粉するため、ついては子孫を残すためである。綺麗な花に引き寄せられた、虫や鳥を媒介して別の花に花粉を託す。

これって、まさにアーティストとオーディエンスの関係と同じじゃないかなって。
種を蒔く人、種が花を咲かせても、それが実るか、次に繋がるのかは分からない。枯れてしまうばかりの花もあるのかもしれない。まさにそれこそが「花が散った浜辺」なのではないだろうか。
そんな花さえも「肯定」して、ハルカトミユキは歌ってきた。


先にも書いたが今回のライヴは種編からの流れであるけど、その前の野音とだいぶ対になっていると思う。野音でも演奏した所謂定番となってきていた曲たちを、今回はあえて演奏しなかったことにある。それが何故か考えた時に、それはもう種となって蒔いているものであるからではないかということに気づいた。

たとえば"世界"はほぼ皆勤といえるほど毎回演奏していたけど、今回は久しぶりにやらなかった。それは"世界"は旅立ちの歌、云わば種であり、今回のライヴはその先にあったもの、そして未来を見据えているからだ。

"奇跡を祈ることはもうしない"という宣言、社会への怒り、それをひたすらにぶちまけて「《それでも》種を撒いて生きていく」という決意。
そのメッセージを受け取った僕らは、その種を抱え、また今日を、明日を生きていく。受け取った種を大切に胸に秘めて。そして、時にはその種に祈りを託して蒔いていく。

そうすれば世界に花が満ちていくことだろう。

それを伝えるように、終演時には優しく"宝物"が場内に響いていた。






ハルカトミユキ 溜息の断面図ツアー花篇
セットリスト

1. 種を蒔く人
2. ニュートンの林檎
3. バッドエンドの続きを
4. Sunny, Cloudy
5. Fairy Trash Tale
6. 僕は街を出てゆく
7. WILL(Ending Note)
8. どうせ価値なき命なら
9. LIFE 2
10. 手紙
11. Vanilla
12. Pain
13. tonight
14. インスタントラブ
15. 終わりの始まり
16. Stand Up, Baby
17. わらべうた
18. 近眼のゾンビ

En. その花の名前は
終演SE 宝物


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